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イッセイエッセイ

999号 母国語を英語として聞く

2014年10月09日(木)

 先だって奇妙な体験をした。体験というよりも、むしろ数秒間の短い心理状態といった方が適当かもしれない。
 日曜日の昼二時からの三十分間は、英語ニュースがあり続いてフレンズ・ワールドという英語による日本紹介と時にはインタビューなども混えた番組がある。
 この番組をなんとなく注意散漫な状態で聴き流していた。途中からインタビューが入ってきた。どこの国の人かわからぬ相当なまった英語が聞こえた。それにしても聞きとりにくい英語だと思って聞いていると、突然それが日本語であることがわかった。日本語を英語と思ってしばらくの間聞いていたのである。
 図柄のわからない模様を眺め焦点をやや遠くに置くと、突然に目の前に隠れていた風景が浮び上がってくるダマシ絵の本がある。このように英語の積りで自分の頭のチャンネルを設定した場合、日本語を日本語として聞くことができず、全く分かりにくい英語に転換されてしまうのである。
 これは日本語を知らぬ英語のネイティブスピーカーが、日本語を聞く時の音声の感覚にちがいないと想像した。極めて短い時間のことではあったが、その意味で貴重な経験をしたと思い、冒頭のように書いたのである。

(2014.10.6 記)