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イッセイエッセイ

986号 助け合いの構造

2014年09月24日(水)

 先週のテレビ(9月3日)で、Does money make you mean?「お金は人をイヤなやつにする?」というタイトルのスーパープレゼンテーションを視た。ポール・ピフという米国の社会心理学者が、自分たちの米国の富の偏在の問題を論じており、さまざまな心理実験を例に、富者の心はますます不平等に鈍感になり、不公正かもしれない自己の富を、身勝手にも当り前と思うようになっているという論調を展開していた。
 しかし一方で、こうした社会的に問題を有する価値観は絶対でないとし、金持であっても貧しい人達の現状をビデオで見るだけでも気持が変るなど、価値観は是正されうるというような主張も付言していた。
 このプレゼンテーションを見て思ったのだが、米国の富の不平等と同様に、日本の「大都市と地方」の格差という問題も、同じような心理的・社会的構造をしているのではないかということである。互いに相手を十分に理解していないとか、反感を同等に抱いているのではなく、都市と地方間の感情関係は、非対称な状態にあって、大都市側あるいは大都市的なジャーナリズムが、地方に対してより問題点を感じ、その種の感情を常識にして日々流通させているのではないかということである。そして、日本全体の社会問題であるとして論じられるときも、それらの物事が地方にはあまり関係ないことが多く、地方が無理に付き合わされていることが多いのではないかということなのである。
 新聞の社説やテレビの解説などで、大都市で起れば自分たちの身の回りの大事件として報じ、その起った原因や結果の問題性に対しては無視しているが、地方で起っていることに対しては、たとえば無駄、時代遅れといった原因を持ち出すような見方をするのである。

(2014.9.7 記)