西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

985号 スコットランドのアダム・スミス

2014年09月22日(月)

 アダム・スミス(1723-90年)はニュートン、ダーウィンと並ぶイギリスの三大偉人である。きのう(9/14日曜日)SUNDAY NIKKEI(読書)の紙面に、「この1冊」という藤田康範・慶応大学教授による「アダム・スミスとその時代」(白水社 永井大輔訳)の書評が載っていた。原著者のニコラス・フィリップソンという学者は、英エジンバラ大学の名誉教授で、スコットランドの―今週末には独立か否かの投票が行われる―啓蒙思想についての世界的権威である歴史家だと記されている。
 世界史(山川出版 1999年)の教科書を開いてみよう。これは日本史の教科書でも同じで、大体360頁余りの厚さである。つまり数千年を一年間の日数に凝縮して頁数を合わせているのである。そして我々のアダム・スミスは、ちょうど真ん中の185頁の啓蒙主義のところに名がのっている。より新しい2008年版の教科書は20頁ほど増え、なぜかスミスがのる頁は211頁に繰り下っており、より昔の説明部分が増えたことになる。
 教科書いわく。「いちはやく産業革命のはじまったイギリスでは、アダム・スミスが『諸国民の富』で国民の生産活動の全体を富の源泉とみなし、分業と市場経済の基礎理論によって自由主義的な古典学派経済学の確立者となった」。
 この教科書に書かれているアダム・スミスの説明と上記の権威者による評伝の間には、当然ながら限りない距離があるはずである。しかしもし世界史の先生がこの本を読んでくれるとしたら、同じ簡単な教室での授業であっても、アダム・スミスを語る言葉の響きに違いがでるであろう。教師感化力は、言葉の深さにかかっている。
 人間の浅ましさを論じたパスカル(1623-62)を「泣き言をいうモラリスト」と批判、「貴族は文明にとって脅威」だとしてモンテスキュー(1689-1755)に反論、ケネー(1694-1774)が商人らの労働を非生産的とみなす点を致命的欠陥と指摘、「最も幸福なのは商業社会か未開社会」を巡るヒューム(1711-76)とルソー(1712-78)の論争に参戦など、スミスは多方面に活動をしたようだ。しかし、一貫して謙虚の姿勢をもち、慕われながらも孤独を好み、「天地創造」よりも小さな改善を重視したスミス(1723-90)という書評である。数年前、「北京のアダム・スミス」(ジョヴァンニ・アリギ)という奇妙な題名の本が出ているようであるが、どんな本なのだろうか。

(2014.9.15 記)