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イッセイエッセイ

981号 トンボの眼鏡

2014年09月20日(土)

 今日はとくに天高き素晴しい日である。光も柔かく庭にそそぐ。風はやや涼しくなっており、一昨夜からは掛け布団も夏ものから普通のに変った。昼めしのあと畳の上に大の字になる。夏とはちがい足元がひんやりとして落ち着かなくなり、日当りに置きたい気分になる。
 庭に目をやると赤トンボが1匹、庭の空間に入ってきた。大気の温度も日射しの工合も、また一匹のトンボの一生にとっても、最も自由気ままに好きなように活動できる絶好の刻なのだろう。実にいきいきと素早く飛んでいる。この動きを支える鋭微な視力と反射能力は一体どこから来るのかと思う。飛行の様子を目を凝らして見ても、止まらぬような動きではあるが、それでもトンボの飛行には一定のパターンがあることが分る。トンボの眼玉の上向きの構造に関係があるのか、たえず前方へだんだん低く進み、そこから突然高く飛び上って反転しながら向きを変える。この繰返しの飛行によって、小さい餌物を捕えているらしく観察できる。
 数日前の12日、神戸の先端医療センター病院において、人口多能性幹細胞を使った加齢黄斑変性の治療が世界で初めて行われた。しかし、人間の網膜は健全な状態であっても、認識できるメッシュの微細度には限りがある。最近の4Kテレビのように、画面の明瞭度が一挙に上がり、平面の画像にもかかわらず奥行きがわかるほど鮮やかに感じられる。さらに数年後には、8Kあるいは16Kと、エネルギーを多量に使っての精度向上が予定されているようだが、それ以上になれば人間の視力の限界を超えてしまう。画像を細かくしてもとらえ切れない。精密さが強過ぎても、人間の眼には同じ程度にしか解析できず、意味がないらしいのである。その点トンボの眼は高性能の識別力があるからこそ、あれだけのスピードと動的な捕獲力を持つことができるのであろう。
 そんなことを思っているうちに、揚羽蝶がやって来た。両者がぶつかるかと思ったが、うまく一定の距離を保って離れてゆく。そして揚羽蝶は近くの鉢に植った蜜柑の葉の先端に、しばらくの時間近づいたまま止まるともなく羽ばたきをしている。これは卵を生みつける動作かもしれない。
 部屋の中では体までだんだん冷えるように感じ、庭の日当りに出てみる。先ほどの蜜柑の青緑の葉先を調べると、葉の裏にアワ粒ほどの白い半透明のものが1つ付着している。これが揚羽蝶の卵かもしれない。すぐ横の花ユズには、春と秋に現われる幼虫がすでに二週間ほど前から黄緑の葉に粘着して、地味な茶色に白い筋の姿をして葉を食べていた。退治をしたところ結局20匹ほどはいたのである。また蝶がやってきたが、今度は人がいるので不都合とみて、少し離れた百日草の茎の高い紫紅色の一輪にとりついた。
 人間の体は勝手なものである。しばらく外にいるだけでもう暑く感じて、室内に戻ることになる。
 南側に面した軒先から伸びてひさしを作っている紫色の朝顔は、昼にはしぼんでおり、隣りに伸びる鮮やかな淡桃色のマンデビラが、先を開いて大きな数輪を太陽に向けている。
 本を読みに西側の部屋に移る。そこから庭の垣根越しに見える萩は、年ごとに枝が広がり、枝先には列状に花の色が出はじめ、クロサワの映画のようにゆさゆさと風に揺れている。モクセイはまだ咲く気配がないがやがて匂いを発する頃である。
 突然大きな音がして何かと思いきや、青い空を小型の灰色のジェット機が二機横切る。姿が消えると間もなく一層強い音が響いてくる。再び静かになって、運動公園からは高校野球の応援団の太鼓の音と歓声が届いてくる。音といえば近所を車の通る音も年々大きくなっている。
 正午近くになり風が起り、白い朝顔の棚も全体に左右に揺れる。さっきまで二匹になって争うとも戯れるともしていた複色の蝶の姿も消えた。モズも一度だけ鳴きに来てあとは静かである。秋の好日も午前の時間が終り、午後の部になろうとしている。

(2014.9.14 記)