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イッセイエッセイ

971号 知るところを識れ

2014年08月18日(月)

 情報や資料の疑問のところ、不明のところに気がとられて、他の大部分のはっきりしている事柄に注意を向けず、明瞭な大部分のことを理解したり記憶しようとしないのは、わるい癖である。学習や仕事の効果を上げるのに妨げになるばかりである。余りにも役に立たない資料ならばどうにもならないがそうでなければ、書かれてある事実や数字などは頭に入れておくことが後で何かと有益とは解かってはいる。これではいけないと思いながら、疑問の方に気をとられてなかなか実行できない。そんなことは詮索しないで、しばらく放っておいて良いのに、である。

 きょうはお盆の十六日である。例年なら陽がよく照って残暑きびしく、蝉の声ももっと激しく聴えるはずなのに、今年は雨音ばかり多くて、こんな雨ばかりの夏はこれまで経験がない。洗たく物もまったく乾かないのである。
 晴耕雨読ということではないのだけれども、雨ばかりのお盆の休みであり、積んであった英字新聞の毎日の一面を、話題の都合をつけて次々と1つの記事だけを読んでいった。馴れてくると単語や言い回しも似たものが出てきて、それなりに読みやすくはなる。しかし、相変らず意味の知らない単語や、そのまま読み下しのできない文脈にぶつかる。何十行の記事の中の数ヶ所の解らないところに、絶えず注意が向いている自分の意識に気づいた。その結果、逆に今日はその周囲に書かれている易しい役に立つ英文に改めて目が届き、偶然にもよくわかる文章を頭に入れる方が、解らない文を解明する以上に効果的であるという思考に逆転できることになった。
 …to discuss bilateral relations damaged by territorial disagreements and differing viewpoints on history. の言い回しをじっと見た方が気持もよいし役に立つではないか。また、内閣を作るのはmakeでもbuildでもなく、formed his governmentであることを憶える。

 森銑三の「偉人暦」に、会津藩の家老職であった田中三郎兵衛・玄宰という人の事蹟が記されている。天明・寛政・文化期(18世紀後半)の人物であり、偉人暦では8月7日の条に登場する。松浦公の『甲子夜話』には、同時代の林述斎(幕府林家の中興)の言として、各藩の家老を多く見たが、会津の田中、姫路の川合、平戸の長村の三人は傑出というべきだとあり、また田中は人品偉大にして威望があったと紹介されている。
 以下、銑三の文を引く。
 「…量が広く、よく人言を容れた。人を待つに寛厚であった。ある時一人の士が、政治上の意見を書いて玄宰に提出した。玄宰これを見るに、どれも瑣細なことばかりに一として採るに足るものがない。しかし、彼は丁寧にその書を読み、一条ごとに嘆賞し、『なお思う処があらば遠慮なく申し出でよ』といった。その士は感泣して退いた。…」

(2014.8.16 記)