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967号 防災の仕事について

2014年08月02日(土)

 以下の文章は、いまから20年前、阪神淡路大震災(1995.1.17)が起った1995年に、「国土ジャーナル」(9月号No.94)の「今月の話題」に書いたものである。
 当時、小生は国土庁の防災審議官であり、大震災から半年が過ぎた頃のことである。国土庁はいまはない。当時は同庁が監修した広報誌のような月報紙があった。表紙に掲げてある目次内容は、次のようなものであり、時代が二昔ちかく変ったことを如実に物語る。しかし、これらのテーマは古くもなっておらず、新しい別の形で現在のわれわれに挑戦をしてきていることを感じておどろいた。

   国土レポート’95
   平成7年版首都圏白書
   平成7年版「土地白書」
   国会等移転調査会第二次中間報告「明日の日本と新しい首都」
   首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法律施行令の改正について
   新たな国土の軸のあり方を考える調査結果について
   小さな世界都市づくりに関する調査結果
   瀬戸内に町衆文化の風薫る 山口県久賀町

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 『水着と冷汗』
 夏になると、公立学校では水泳教室が開かれる。六年生の娘が「きょう学校でチャクイスイエイの練習をしたのよ」と言う。何のことか尋ねると、洋服を着たままプールに飛び込んで、そのまま泳いだり、上着を脱いだりして、溺れないための練習をしたことがわかった。「それじゃ、最後は裸になってしまうね」と心配すると、「だいじょうぶ、一番下に、ちゃんと水着をつけているから」という返事だった。
 以前、九月の防災週間に、保護者が児童を学校に引きとりにゆく訓練に参加したことがあるが、これはどんな場合の地震に役立つのか、なんだかよくわからない所があった。しかし、この着衣水泳は、子供たちが自分の身を守るための、実際的な新しい訓練の方向だと思う。
 別の機会に、団地の内で、消防署が主催する救命講習会があった。休日であり職業意識もあって、おそるおそる出席した。署員の方二人と自分以外は、すべて奥さん達であり、大いに調子をくるわせた。瞳をパチパチさせる女性人形のモニターに対し、耳元でささやいたり、胸部を規則的に圧迫したり、口移しによる人工呼吸をする動作を、男性の故をもって、真っ先にやることになった。ペンしか持たないような自分にとっては、ともかく、人形が生きかえるまでには、大変な力仕事であり、大勢の熟女の前で冷汗をかいたのである。
 もう一度やってみろ、と言われても、意外と手順やコツがいろいろあり、おそらく再現には心もとない気持である。とはいえ、一回でも訓練の経験をした人達が、人命救助の現場で実力を発揮できたというようなニュースを聞いたこともある。臆したり、めんどうがらずに積極的に参加すべきだと思う。
 先だって、米国の防災対応庁の幹部の方から講演を伺った。日本の国土庁(防災局)と比較される組織である。講演の中で、連邦が地方を支援しながら防災教育や訓練の充実に努力していること、また、家族に何ができるかという観点から、住民の自助や地域との防災面での連けいを重視していることなどを強調されていた。そして、教育や訓練において特に大事にしている原則として、ノウ・フォールト・べイシスという考え方を持っているとのことであった。これは、トレーニングの際、し損ないや不十分さが仮にあったとしても、その責任を問わないということだそうだ。つまり、訓練は互いの失敗を見つけ出すためではなく、これを基にいかに本来の意味でのパフォーマンスを高めていくかに主眼がある。初めから完璧なものはないのであって、実践しながら絶えず組織として学習を高めてゆくことが重要であるという主義らしい。
 訓練が本当の姿に近くなればなる程、安全性や社会への影響など気づかう点が増えるのである。
 うまく行かない時に対外的な批判にどう答えるのか意見を聞いたところ、訓練のプラン、リハーサルの段階から関係者に参加を求め、仲間意識を持ってもらい、又あらかじめ失策は起りうるものである点を、よく断っておくとの返事だった。
 最近、日米間の防災体制や運用について、その差異や類似が論じられ課題も多いのであるが、災害に関わる双方の人達の仕事振りや心意気には変わらないものがあると思った。講演が終った際、夫人が仕事の手伝いを兼ねて同行していて後部席で聴いていらっしゃるとの紹介がなされ、拍手を受けられた。命の安全と防災については、一人ひとりの身の上から、また家族の中から、ものを考えてゆくことが重要であることを、その時あらためて思ったのである。

(2014.7月下旬 写 記)

 今日の朝刊(たとえば読売など)には、与党が複合災害に対応できる国と地方の枠をこえた実働部隊の動員をできる「緊急事態管理庁(仮称)」を新設すべきとの提案をしたとの記事、また川内原子力発電所の再稼働に当って県は方針を転換して、政府の明確な方向性と責任を文書で示すよう要請したとの記事、がそれぞれ載っている。災害における国の主導性の問題は、この二十年来同じような議論がつづけられているが、すっきりした解決が図られていないのである。

(2014.8.2 記)