西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

958号 「安全・領土・人口」(ミシェル・フーコー講義集成Ⅶ 筑摩書房 2007年 高橋和巳訳)

2014年07月12日(土)

 ミシェル・フーコー(1926-1984年)が、コレージュ・ド・フランスで1977年から1978年にかけて行った講義録は、「安全・領土・人口」というやや奇妙な標題の講義である。政治や歴史に伝統的に使われるキーワードとはちがって、独特な切断面をもった用語が組合わさっている。講義の語り手であるフーコー自身も、自己を特定のグループに位置づけられることを好まないと言っており、何者かとして定義されることを拒絶した。しかし解説書によれば、フーコーは構造主義者の系譜に属する思想家だと一般にはいわれている。どのように独自とみられた思想も、後の人たちによって相関図のどこかに位置づけられてしまうのである。
 そうした本の一つ「現代思想の冒険者たち 第26巻 フーコー」(松井哲夫著、講談社 1996年)によれば、フーコーの言葉が次のように紹介されている。
 「構造主義というのは、他人、つまり構造主義者ではない人のために存在するカテゴリーなのです。構造主義について、ああだこうだと述べることができるのは外部からだけなのです」(1968年 仏国営放送インタビューから、上掲の全集26巻の180頁)
 「私の役割――などといったらあまりに仰々しい言葉なのですが――は、人々に、自分で考えているよりもはるかにずっと、あなたたちは自由なんだよといったり、歴史上のある時期に作りあげられたテーマを真実だとかあきらかだと思い込んでいる人々に、あきらかだとされていることなんていくらでも批判できるし、くつがえせるものなんだよ、と示してやることにあるのです」(1982年 バーモンド大学でのインタビューから 同上295頁)

 今年に入ってから日本では特に社会保障や雇用、国力維持といった観点から、人口減少問題が一段と深刻視されて、民間機関の報告書や政府の戦略構想などが出されるようになった。しかし、近い将来に消滅可能都市が沢山出てくるとか、五十年後の日本の人口について一億人程度の安定した人口構造を保持したいと言われても、その本当に意味するところは、なかなかいわく言いがたいのである。
 しかし、フーコーが30年前にすでに述べているような意味で、いわゆる統治する国家とその客体であり主体でもある人口との関係が、思想の世界に止まらずいよいよ政治の前面に恐ろしく予言的な姿を現わしてきたのは事実である。これまで暗喩的な次元にとどまっていた「人口」なるものが、明瞭性を帯びてみずからを主張する存在になり、「運命」とまでは言わぬまでも、われわれが受け入れなくてはならぬ「境遇」として現われ出てきたのである。政治が人口をではなく、人口が政治や国家を動かしはじめるような情況が、生まれたのである。

 さてフーコーに戻る。
 権力と人民との関係の史的推移をたどりながら、フーコーは次のように数百年にわたる政治の形の変遷を定式化する。
 主権から統治への運動、人民から人口への運動、経済が統治の技術となる運動。やや粗略に表現するとこういうことのようだ。
 「この三つの運動はそれぞれ、統治・人口・政治経済学にあたるものだと思います。18世紀以降、この三つが堅固なまとまりをなしており、今日においてもこのまとまりはまだ解体されていないということはきちんと指摘しておかなければなりません」(上記の講義録「安全・領土・人口」の132頁)
 「『統治』とは、人口を主要な標的とし、政治経済学を知の主要な形式とし、安全装置を本質的な技術的道具とする、あの特有の(とはいえ非常に複雑な)権力の形式を行使することを可能にする諸制度・手続き・分析・計算・戦術、これからなる全体のことです」(同132頁)
 「最後が統治国家です。これはもはや本質的には領土性によっても、占拠している地表によっても定義されない。これを定義するのは群衆です。人口からなるこの群衆には量感・濃度があり、これにはもちろん彼らが拡がっている領土も付帯しているが、この領土はいわば一構成要素にすぎない。本質的に人口に関わり、経済的な知の道具立てを参照・利用するこの統治国家は、安全装置によって制御されている社会に対応する」(同134頁)
 かつてマキャヴェッリが立てた問題は、君主の領土的権力の安寧を考える政治思想であった。これは一般に言われるような近代を切り開いた思想ではなく、前代の終りをしるしづける思想であった。(同80頁)
 これに続く時代は、全く異なるテーマを登場させる。領土を定めたり、しるしづけたりすることではなく、モノの流通や移動が働くように計らい、危険性をなくす。つまり、領土の安寧の問題ではなく、人口の安全(したがって人口を統治する者たちの安全)を問題とする。(同80頁)
 都市計画であれ食糧問題であれ、疾病予防の方法であれ、そこでは主権者の意思と服従する意思の間の従属関係が根本的なものとしては働かない。主権者と臣民の関係軸ではなく、自然的で現実的な物理的(重農主義者の言葉)なメカニズム、自然的なプロセスをうまく働かせる(禁止の形式ではない)ことが問題なのである。(同81頁)
 そこでの統治活動にとって重要となるのは、臣民たちの実際上かつ逐一の全体性ではなく、人口や人口現象に固有なプロセスなのである。(同81頁)
 人口の自然性、一連の変数に依存している所与としての人口、人口の振る舞いは正確に予見できないが、人口の変化は規則的であるという発見と認識に立った人口である。(同86頁)
 「重商主義者は、人口という問題を本質的に主権者と臣民たちという軸で考慮していた」(同85頁)
 「ところが重農主義者たちとともに――一般的に言えば18世紀の経済学者とともに――人口は、法権利の主体を集めたものとして現れることをやめるようになる」(同85頁)
 人口は「あるプロセスの集合」、「自然的な部分において、自然的な部分から出発して管理されるべきもの」となる。(同85頁)
 人口は「はじめから所与といったたぐいのものではない」(同86頁)
 「人口と主権者のあいだの関係は、単に服従か拒否か、服従か反乱かといった次元のものではありえない」(同86頁)
 人口は「手の届かない、直接触れることのできない本性だということにはならない。その反対です。」(同87頁)
 「実際に人口に対する働きかけが可能になるのは、このような隔たった要因のすべてによって、そのような要因の働きによってなのです。」(同88頁)例えば、通貨の流れの管理、輸出・輸入、租税・婚姻法、食料によって。
 人口は「その振る舞いを正確に予見することができない」、「行動の原動力は1つある(1つしかない)。その原動力とは欲望のことです。」(同88頁)
 「欲望に対して人は何もできない。ケネーが次のように言っているとおりです。いわく、自分にとってもっと利潤があがると見なすところ、住みたいと欲望するところに人口が来て住んでしまうのを妨害することはできない。というのも彼らはその利潤を欲望しているのだから。彼らを変えようとしてはならない。そのようなことをしても何も変らない。」(同88頁)
 「功利主義哲学は、人口の統治という当時の新製品を下支えする理論的道具だったのです」(同90頁)
 人口は「主権的意志とのあいだに個的にせよ集団的にせよ関係をもつような法的な主体の集まりではない。」(同90頁)
 人口とは「諸要素からなる一つの集合ですが、その内部では偶発的な事故に至るまで定数や規則性が認められうる。」(同90頁)
 「権力諸技術の領域に一つの自然が入ってきたということなのです。」(同90頁)
 「人口の自然とは、その自然の内部で、その自然の助けによって、その自然について、よく考えられた統治の手続きを主権者が展開するべきというものなのです。」(同91頁)
 「人口が近代の権力メカニズムの特権的な相関物として自らを構成・継続・維持しえたのは、このような知がたえず新たな対象を切り出したからなのです。」(同95頁)

(2014.7.上旬 記 )