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イッセイエッセイ

943号 雑想(8)

2014年04月23日(水)

(印象について)
 印象における第一印象はきわめて重要であって、それゆえに注意がいる。しかし印象を与えてしまう側は受ける側ではないので、一般に注意が足りない立場にあり、そのままの第一印象を相手に与えることになる。
 その後は互いに知り合うことによって、はじめの第一印象が変ってくるのが普通である。しかしこれらは、さまざまな部分的印象が刺激となって生まれてくる個別判断にすぎず、やはり馴れてくるにつれてもとの第一印象に戻ることが多い。ある山に登り、下山して再びその山を眺めるのと似ている。ときたまそうでない第一印象とはちがうような例に会ったとしたら、面白い勉強をしたことになる。

(言葉について)
 人の言葉だけを信じて行動することは、ふつう軽信と呼ばれている。ある言葉を内心で期待しているときに、それに類した言葉を言われたとき、これを真に受けることになる。なぜなら、その類の言葉さえも多くの人たちは他人に云うことはないからである。したがって、ほとんど言葉だけで世を渡ろうとする人の存在場所がありうるのである。
 人の言葉は、その微妙な言い回しに注意を向けなければならないし、言れた時と所についてよく考えてみなければならない。

(妄想について)
 人間はそれぞれ自己において絶対の主権をもつものであるから、イソップの物語に出てくる誇大妄想の小動物のように、内心ではとてつもない思いをいだく理由がある。一方で人間には、外的関係において自己を制約する習慣があり、通常は両者のバランスがとれている訳である。それでも内心の覆いがときたま利害の風にあおられて、すき間をつくることがあるのである。

(物を言うことについて)
 自己の利害をはなれて、はっきり物を言う人がいかに少ないか。また自己の利害と係わらぬことについて、はっきり物を言う人がいかに多いか。また自己の利害に係わって、はっきり物を言う人がいかに多いか、或いはいかに少ないか。

(2014.4.19 夜 神宮寺からの帰路 記)