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イッセイエッセイ

937号 ローマ史論 第三巻(二十一章~三十章)

2014年04月04日(金)

 軍大將が豪勇無雙の士であつて、この二つの振舞のそれぞれが有つ欠陥を補ひ得るほどのひとでさへあれば、どんな仕打をしようとも大した問題ではない。(第二十一章)。

 スキピオとハンニバルは、慈悲心と残虐性において真反対の武将であったが、ともに「稀な武勇」を身につけていたので、性格上のこの二つの缺陥と危険とが匡正できた。凡能者の中庸の道は難しいという。

 強い相手を抑へつけるには強くなければならないし、この剛毅な心を惠まれてゐるものが指圖をする場合、後になつて如何に自分の指圖に從はせるためとは言へ優しい態度を見せられるものではない。ゆゑにかやうな剛毅な心に惠まれてゐないものは、決して途方もない指圖などはしないやうにしなければならないし、凡庸な人間は人情で萬事を片づけるやうにするがいゝ(第二十二章)。

 又ややスケールは小振りだが、別のローマ前四世紀中頃の対比列伝、高慢ちきのマンリウスと神鳥(コルウス)のウァレリウスをとりあげ、市民の身になればマンリウスの峻厳さ、君主について考えるならウァレリウスの温情さ(忠誠と敬慕)を取るべき、とする。

 既に自分の自由になつてゐるものを奪はれると、人間は決して之を忘れないでゐて、何かちよい、、、とした切掛けがあると忽ち之を思ひ出すものだからであり、しかもさういふきっかけ、、、、は何時でも出來るので、諸君は何時も記憶を新たにすることになるからである(第二十三章)。

 前四世紀前半のローマの中興の祖といわれる武将カミルルスは、マンリウスに似た振舞いの人物であり、物惜しみはなかったが、軍兵の分配品をとりあげて国に納めたりしたことが、世に異なる行いとして憎しみをかった。

 役人の任期が長びいてローマは奴隷になつた(第二十四章)。

 ローマの共和制が互解し、スルラやマリウス、最後にはカエサルが祖国を乗っとることになった。これは軍勢がますます都から遠方となり、統領の任期も延長することが通例となり、軍兵が私兵化したため、と述べる。

 富よりも清貧によつて如何に傑れた結果が齎されるかについて、つまり、後者がどんなに共和國や王國さては宗門に榮譽を與へたか、また前者が如何にしてそれらのものを滅したか(第二十五章)。

 見すぼらしい田舎家に住み自ら鋤をとって耕していたキンキンナーツス(前五世紀中、対アエキ人戦に16日間の独裁官)、前三世紀半のカルタゴ戦のレーグルスなどの清貧の例。

 専制君主とか共和國の支配者たちは決して此の問題(女が因で幾多の騒動が惹き起されたこと)を輕くみてはならない。いな寧ろかやうな出來ごとが因で起る騒動について十分に考へをめぐらし、潮時を見て對策を講じなければならない(第二十六章)。

 事を處理するに當つては、同じ場合に昔はどうしたかを先づ思ひ巡らして見ようと考へなければならないものだからである。ところが當今の人間はその柔弱な教育と物事に明るくないために軟弱になつてゐるので、昔流の考えを沒義道とも不可能とも思ひ込んでゐる(第二十七章)。

 分裂した都を統一するには、仲間割れをさせておくという意見は明らかな相違いである。かなり乱暴な手段を必要とする、という。
 「フランスで誰かしら臣民が自分は國王党だといはうものなら、忽ち仕置に遭ふに決つてゐる」国王は徒党を望まない。

 制度の整つた共和國は、公生活によつて人氣を聚められる道は之を誰にでも開けておくが、私生活によつて人望を博するものには道を開けておかないやうにしなければならない(第二十八章)。

 「私事によつて聚める人氣はこの上もなく危険なものであり、その害毒も頗る大きい。・・・こういふ道を歩いて人氣を聚めると、自然に大それた氣持になつて世人を腐敗させ、國法を鼻であしらふやうになるものである」
 現代における私事とは。

 君主たるものは人民が政を行つたために過ちを犯しても、誰ひとりとして之を残念だとは思ひはしない。それといふのも、かやうな過ちのそもそもの起りが、自分たちの間抜けさ加減か乃至は他人に強ひられて過ちを犯すなどといふことにあつた試は斷じてないからである(第二十九章)。

 その地域の乱脈は、人民の性悪さからではなく、領主たちの腹悪い振舞いが背景になっている、と言う。

 妬みごころといふ惡徳は多くの場合に、ひとに邪魔立てをして危急存亡の秋に當つて必要な權力を其のひとに任せず、從つて其の人物が自由に腕をふるふ機會を與へない原因になるものなのである。(第三十章)。

(2014.3.30 記)