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イッセイエッセイ

936号 ローマ史論 第三巻(十一章~二十章)

2014年04月04日(金)

 たゞ一人の場合には大勢のときよりも遥かに見通しが利くといふ事實は枚擧に遑がないが、すべてかういふことに茲では觸れないとしても、いつでも見せつけられるのは、ちよいとした術策を巡らせば大勢の人數の間に仲違ひを起すことができ、從つて其の仲間が頗る勢盛んであつても其の力を殺ぐことができる・・・(第十一章)。

 多勢()無勢ではなく、むしろ多勢()無勢ということであり、(自己の軍勢が相当に強ければ)大勢にひとりで立ち向う方が、「最初の一撃に堪へられさへすれば、いかに劣勢であらうとも能く勝利を贏ち得られる」として、逆説的な術策の例を述べている。

 賢將たるものは手を盡して己が軍兵たちに戰はざるを得ない破目に陥らせ、敵勢に對しては何とかして合戰を避けさせるやうに仕向けなければならない(第十二章)。

 「リーウィウスも此の背水の陣を以て取つて置きの極上の得物と稱してゐる」、
 「當然に閉め切ることのできる道をすら敵勢の前に開け放し、自分の手勢に對しては開け放し得る道すら閉し」、
 「隷属生活に馴れ切つてゐる國々は、主人たちが變らうが大して気にもかけない上に、大抵の場合、變へて見たいと望んでゐる」

 士大將が手勢を訓練して苦もなくそれに武装させる餘裕を有つてゐるとしたら、思ひ上つた軍勢が罵り喚いて祭り上げた大將を載いてゐるよりも遥かに安んじて信頼し得るものだと思つてゐる次第である。ゆゑにかやうな大將連に對しては、敵を打ち破るだけではなく、合戰に臨む前に適當に其の軍勢を調練し之を見事な兵に仕上げるのだから、二重の光榮と賞讃とを與へなければならない(第十三章)。

 大将と軍兵の関係を論じている。強将の下に弱卒なし、という名将尊重の単純な日本流とは異なる考えである。実例によって両者の関係はさまざまであり、武勇のコリオラーヌス、スピキオ兄弟の死にもめげない勇猛な軍勢、カエサルの双方主義、素人のルークルルスと強兵、グラッスの奴隷兵の活躍、アレクサンダー死後の精兵の運命などの例を挙げる。

 軍勢への下知は非常に大切なもので、見事な駈引で戰さをすることができるだけでなく、さらにはまた些細な出來ごとなどのために諸君の手勢が混亂しないやうにできる(第十四章)。

 「軍勢への下知」の重要性、いわゆる声かけの必要性。

 ひとつの軍勢には假令それが凡庸な人物であつても唯ひとりのものを附けてやる方が、同じ權力を預かつてゐる秀れた二人の人間を附けるよりも遥かに賢明だ(第十五章)。

 大将の人数が多い場合には、戦さに臨んで乱脈な始末になり、有能な人物も活躍できない。

 共和國切つての偉人で類ひも稀な人物も平和な時代には忘れられてゐるものである。それといふのも、その偉大な天稟によつて當然のこととはいへ人氣を呼ぶと、その人物と肩を竝べてゐると極めこんでゐる連中だけでなく、それより上だと自負してゐるひとたちまでも含めた大勢の市民が之を妬んで騒ぎ立てるからである(第十六章)。

 有能な人物をつねに用意できるようにしておかなければ、平時に実力のない門閥者が人気をもち、結果、不満をもつ人達が対外的な戦乱を起そうとする。野心家アルキビアデスが、名望家ニーキアスらの忠告を押し切って人民を煽動し、シチリア攻めをしアテネ亡国に至った例(ツキデイデイスの戦記)。

 共和國たるものは、曩に甚しい危害を加へた人間に對して何かしらの役目を授けたり、何かしら重要な政を司らせたりなどのことは構へて敢へてせぬやう十分に氣をつけなければならない(第十七章)。

 共和国において、或る重要人物に対し非難や処罰を加えた後に、その人物にふたたび重要な任務を負わせる場合には、国家に大きな危害を生じさせるおそれがある。

 何が秀れてゐるといつても士大將ほど敵勢の思はくと兵法とを見抜くのに必要で有益なものはない。それは固よりかやうな洞察は難しいことだし、的確に見抜くことができれば正に讃嘆に價するものだからである。尤も敵勢の肚を見通すのは、時によると相手の行動を手に取るやうに心得るよりも楽にできるし、さらにまた現に眼の前で或ひは手近なところでの動きを看て取るのは、遠方での行動を知るより遥かに手輕なのである。(第十八章)。

 一戦を交えた直後は、互いにその戦いの勝敗結果を誤解することがよくあるという話。勝手に敗けたと思い込む例が多い。ブルータスは同軍のカッシウス軍が敗北したと思い込んでしまい、オクタヴィアヌスとアントニウス軍に勝利がゆく。

 諸君が治めなければならない人間は、先づ普通には諸君と同等の連中であるか、或ひはどんな場合にも常に諸君の家來として隋身してゐる輩であるかどうかで決る。同輩たる人間に對しては何の遠慮會釋なく、嚴罰なり苛政なりを施すことができる。ローマの大將連が其の手勢に敬慕されるやうに仕向けることができ、下知をするにも唯ひたすら穏當な正しい振舞に及ぶことだけに努めてゐれば、恐がられてゐるよりも遥かにいゝ結果が得られる(第十九章)。

 大衆(軍兵)を統御するには厳格にするよりも人情で行き、残酷よりも慈悲の方がはるかに優れていると思うとマキアヴエルリは主張する。しかし、他の多くの歴史家とちがってタキトゥスが、「大衆を統御するには温情よりも峻烈の方が遥かによく服従される」という点については、この意見は随身している家來に対するものではなく、同輩たる人間に対してそう言っているのだろうと議論を調和させている。

 多くの場合、兇暴な仕打よりも人情味に溢れ慈愛の籠つた振舞の方が人間の心に大きな影響を與へるもので、かの都や地方などが、軍勢とか軍道具とか其の他あらゆる人間の力を傾けて猶よく攻め取れない場合にも、ちよいとした人情、慈悲、或ひは寛大さを見せると忽ち降參してしまふものであることも分る(第二十章)。

 ローマの将軍たちの人情味ある伝説的な振舞いについて紹介している(大アフリカヌスが、エスパニアの紀世の美女を許婚の男といっしょに送り返した物語など)

(2014.3.30 記)