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934号 ローマ史論 第二巻(三十一章~三十三章終り)

2014年04月03日(木)

  君主たるものは、一介の流人などを相手に、慌てゝ誼みを通じたりしてはいけない。それといふのも、十中八九まで、そのおかげで恥を搔くか身を滅すか、二つに一つの結果となるからである(第三十一章)。

(この章は傍論)
「祖國を逐はれた連中の信義とか約束などは、空の空たるものである」。

  ローマ人はいつも戰さに没頭していたので、常に役立ちながら、しかも物入りの少なくてすむ方法、そのほかどんなものでも戰さをうまくやつていける方策を實行してゐた。そこで一つの都を手に入れるにしても、いつも城攻めの戰法を避けることにしてゐた(第三十二章)。

 ローマは、城攻め(籠城に対しては年月を要す)、突撃(危険である)、陰謀(雲をつかむように手違いが起る)をほとんど使わず、常に目当ての都に総力で圧迫を加えて、都全体の明渡しをやらせた。

 どういふ權限を其の統領、獨裁官そのほか軍勢の大將連に與へて國外に差し向けてゐたか。かういふ場合には其の權力も極めて大きく、元老院が留保してゐたのは、たゞ新たに戰さをはじめたり、和睦を承認したりする權限だけであつて、それ以外のことがらについては、すべて統領の裁量處分に任せてゐた(第三十三章)。

 現場の将軍に権限を大幅に与えて、事情に疎い人達が遠くから一々細かい指示をしないというのがローマの伝統的方針であった。これをマキアヴエルリは支持している。当今のベネチアやフィレンツェは、まるでこれとはうらはら・・・・)の方針に拠っているので、駄目だと述べる。

-第二巻終了-

(2014.3.29 記)