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イッセイエッセイ

931号 枇杷の木と馬鈴薯

2014年03月26日(水)

 何年か前に、大変うまい枇杷を食べたことがあった。そのとき興味半分で、この大きなびわの種を、ひと纏めにして畑の隅っこに埋めたのである。建物の陰になってあまり日の当らない場所を選んだのがよかったのか、気づかぬ間にやがて芽を出した。まだ背の低いころは、強くはびこるハーブ植物のミントに押されてほとんど消え入りそうになったこともある。そして毎年さらに伸びて今年は背丈も二尺ほどとなり、早春のほとんど野菜のない畑に、大きな濃い緑の葉をしげらせた。てっぺんには花の名残りのようなものまで付けている。
 いまは三月の中旬であり、果物の木の根っこは、もうそろそろ活動しだす頃である。そこで、枇杷の木を掘り返し菜園の露地から庭の大鉢に移し替えることにした。
 びわの木の根は移植をしてみてわかったことだが、畑の端の土地は砂利が多いせいか、幹や枝の大きさに比べ意外に張り工合が狭いことがわかった。
 びわの木を鉢に植え直して庭の中に置くと、なかなか立派で勢力のある姿である。枯れないようにと鉢の土の上にたっぷりと水がたまるほどに注いだ。
 昼飯も終って家人が窓側にゆき、小雨が降り出したことに気づき、あわてて干物を奥の方へ寄せる。湿り気の好きな枇杷の木を庭近くに持って来て、しかもおまけに水まで沢山やったから、天から雨を呼んだのではないかと言った。
 今頃は又ぼちぼち馬鈴薯を植える季節でもある。家の米袋に蓄えてあるジャガイモは盛んに芽を出しており、もうほとんど煮ても食えない状態になっているのである。一週間前には春耕もしたことだから、枇杷の移植の仕事のついでに、畑のいちばん北側に二列ばかり種いもを植えるための畝を作った。
 飯を食べているときの話しだが、近所で畑をしている奥さんから、今週はじゃがいもを植えるのはまだ早すぎであり、来週まで待った方がいいと言われたというのである。どうしてそんなことがはっきり分るのか聞いても、なぜだか返事はないのである。
 飯が終って、家人が湯湯婆はまだいるのかしらとたずねる。まだかなと言う。食卓の横ではまだストーブが燃えているのである。今年は雪が少なかったので窓の外では雪吊りは少しだけたるんで風に動いている。
 きのうの話から今日のことになるが、お彼岸まではじゃがいもは植えない方がよい、と別の人から言われたそうである。だから今度はそれまで待った方がよいと別のことをいいだす。しかしどっちも同じことを言っているように思うのだが、しかし一週間ほどの微妙な違いを言っているのかもしれず、よくわからず悩むのである。

(2014.3.16の日曜日の、次の日に記)