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イッセイエッセイ

927号 ローマ史論 第二巻(十一章~二十章)

2014年03月13日(木)

 實力より取沙汰の方が大きい君主と友好關係を結ぶのは賢策ではない(第十一章)。

 実際の助勢を得られないような、もったい振りや格好づけをするだけの国(王)との同盟は決して当てにしてはならない、ことを述べている。古代、ルネサンス期の教訓例を挙げている。

 常に武器をもち戰さの用意をしてゐる臣民をもつ君主は手剛い強敵は之を自國内で邀撃すべきであつて、斷じて之を逆襲してはならないと言ひたい。しかし丸腰の臣民たちが戰さに不適當な國に住んでゐる場合の君主は、できるだけその領地に戰禍の及ばぬやうにしなければならない(第十二章)。

 攻撃される危険のある場合、自国の内と外のいずれにおいて戦うを有利とするかというディベートをしている章である。守戦論、遠征論の双方がありうるのだが、古今の幾多の戦争を比較検討した場合、どちらによるべきかは、自国内の情勢によって選択が変ると結論する。
 明治から昭和期の日本の戦争は常に国外であったことについて。

 ひとが薄倖な境遇から高い身分になるについては、實力か乃至は策略を用ひないで出世する場合は極めて珍しい。これほど確かなことは他にないはずである。實力だけで十分だといふ場合は斷じてなく、却つて策略だけで十分だつたといふ方が多いと思ふ(第十三章)。

 個人のことを言いたいのではなく、人間の出世の方法を例に、国としてのローマも建国から大国に至るまで、寸時も欺瞞と欺討、謀略の手を忘れたことはなく、これが成功の秘訣だった。「人目に見破られなければ、それだけに咎め立てをされることも益々尠い」訳だ、と言う。

 屈從的な態度は、多くの場合において有利でないばかりか却つて有害であつて、これは諸君に對して、嫉妬か或ひはその他の原因で憎しみを懐いてゐる傲慢な連中を相手にするときは殊にさうである(第十四章)。

 マキアヴエルリは、単なる譲歩は無益であるとし、そのことが周辺からの面目と尊敬と敬意を失うもとであるとする。

 ひとが事を行ふ方針が曖昧な不確かな有様では、それを言葉に現はさうとしても到底できないが、一旦確固不動の決心ができ、行動方針も確定される場合には、口上の方は何とでも手軽に決められる(第十五章)。

 柔弱な国々の犯す失敗は、勇気の欠如による長評定と不決断であり、それが為に対決か同盟かが手遅れになる。「ティッス・リーウィウスの示す事例のなかで、何が一番われらの眼を惹くといつても、不決斷のために起るものより著しいものはない」とローマ史の言を引用する。

 大將たちのうちで大抵のものは、自分たちの無智の言譯に、大砲の威力が加はつてはもう昔の陣立てをしようにも出來ない相談だと嘯いてゐる始末だから・・・(第十六章)。

 軍兵の規律、頑強さ、頭数が同じでも、大将たちの勇猛果敢な(闘志)方が勝利する。現今の将軍たちは兵法の規則(ローマの前・中・後衛の三陣からなる歩兵中心主義)を無視し、浅い陣型をとるため一度の攻撃にたわいなく潰される、とマキアヴエルリは批判している。

 ローマ人の行つた戰さが、どういふ類ひのものだつたかを調べて見ると、それは極つて攻撃戰であつて、決して防禦戰でなかつたことが會得される(第十七章)。

 ルネサンス期に実用化された大砲は、防禦戦ではほとんど有効ではないとの例証をする。戦さは大砲だけで命運が決まるとか、ローマの時代に大砲があったらローマは勝てなかったはずだ、とかいうのは俗論であるとし、大砲は勇気の欠けた軍勢であれば全く物の役に立たないと、マキアヴエルリは言う。(その時代としての判断である)

 ローマ人はいかなる戰さの駈引においても、馬武者よりも徒士武者に重きを置き、これを中心に其の軍勢を使ひこなすことにきめてゐた(第十八章)。

 軍勢の一番の礎となり、要となるものは、当今の馬武者組(騎兵隊)重視論とは反対に、徒士組(歩兵隊)である、とマキアヴエルリは多くの証拠により強く主張する。

 立派な組織をもつ共和國でさへ、征伐をしたために損害を蒙る原因を生じたといふ例は珍しくない。例へばありとあらゆる淫風に腐り切つた都市や地方を占領するとき、その土地のものと一緒に其處にゐると戰勝者が戰敗者の弊風に染まる危險に直面するやうなものである(第十九章)。

 人間の野望といふものは頗る猛烈なのだから、眼先の欲望を滿足させるためには、そのためにやがては襲つて來る災難などを考へようともしない(第二十章)。

 「繰り返して言ふが、ありとあらゆる種類の軍勢のなかで、何よりも一ばん惡いのは助勢の軍兵である」。傭兵や助勢などの軍勢が全く役に立たないことに君主や共和国が眼を開こうとしないのを警告している。

(2014.3.11 記)