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イッセイエッセイ

917号 自然と人間について(続々)

2014年01月19日(日)

第四章 アリストテレス
 「プラトンの名声に魅かれて、十八歳のとき、アリストテレスはアカデメイアの学生になるためにギリシア北部の故郷からアテナイにやってきた。そのときプラトンは六十歳で、少なくともすでに十五年間、その学校の学頭をつとめていた。」(113頁)
 「現代の読者がアリストテレスは頭が悪い、それもわざと愚鈍であろうとしているとさえ感じる場合があるとすれば、それはアリストテレスがプラトンの諸教説を批判する必要にせまられている箇所においてである。」(114頁)
 「対立の根元にあるのは、気質(・・)の面でのひとつの根本的背反である。そして哲学者の気質がかれの哲学の形成に深い繋がりをもつことは、仮にかれがその事実に気付いたとして、それを認める気になるであろうよりももっと甚大なのである。プラトンは現代の心理学の用語でいえば内向性の人だった。そしてかれの哲学は、結局のところ、ふつうの経験世界からの退却の哲学だった。プラトン主義は感覚というものを信じないで弾劾する。眼や耳はプラトン主義者にとって実在世界に開かれた魂の窓などではない。魂がもっともよく見るのは、これらの窓が閉じられて、思考という要塞の中で自分自身との沈黙の対話を行使するときである。アリストテレス生来の精神的傾向はそれとは反対向き、つまり経験的事実の研究へと向かうものだった。(中略)いかに堂々たるものであったにせよ、自分には根本的に肌が合わない思想を説くひとりの哲学者にそんなにも長年月とりこにされてきたことに対して、ほとんど無意識のいらだちをなにがしか感じただろうことは理解しがたいことではない。」(115頁)
 「イデアの世界を否定することがアリストテレスのプラトン主義者からの離反の中心点だった。」(116頁)
 「アリストテレスの考えでは常識の見方と同様、事物の実体としての存在性が事物そのもののなかに現在していることは明白だと思われる。」(117頁)
 「この世界は始めも終わりももたない。それは変化なき実在の、束の間に消えゆく似姿などではない。この世界そのものが実在であり実体である。アリストテレスはこの世界の人間であり、ここから別の世界へ逃れることを切望したりはしない。それどころか、かれはいつでもこの世界に帰ろうと努めている。(中略)かれの精力的な探査をまちうけている知識の領野は、感覚によって明らかにされる自然の内部にある。」(同頁)
 「どのような分野の思索においても、自分の研究主題にせまってゆくのに、哲学者ならびにまた一般の人々によって承認されている見解から出発するのがアリストテレスに特徴的なやりかただ。ある箇所でかれは、一般に信じられている事柄や、際立った思考力の持ち主が断言した事柄すべてを無視するようでは、よりよきものに達する望みなどとうてい叶わぬだろうと述べている。」(118頁)

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 「常識と経験的事実の立場に対するこのような態度すべてにもかかわらず、アリストテレスはけっしてプラトン主義者たることを止められなかった。かれの思想は、プラトンの思想とまったく同様に、師がソクラテスから受け継いだ希求切望の観念によって支配されている。すなわちそれは、事物の真の原因ないし説明は、始元にではなく、終極において探究されるべきだという考えである。アリストテレス哲学も依然としてやはり、目的因の哲学なのである。」(119頁)

※アリストテレスはイデア論とは絶縁したとはいえ、やはり希求切望の理念が中核にありプラトン主義である

 「『エンサイクロペディア・ブリタニカ』ではともかくもそれがわが大英帝国の学問における仕事であった間はアリストテレスは他のどの個人よりも多くのページを占有していると見られてきた。なにしろ、かれがいまなお傾聴にあたいする何ごとをも述べなかったような哲学あるいは主要な論題など何ひとつないのだから。」(同頁)

※ともかく博覧強記

 「アリストテレスの思想は、生物学上のいくつかの論文と『倫理学』に見られるものが最上である。その理由は、目的因の哲学がこのうえなく見事な説明力をもつのは動物の生命活動と人間の道徳的本性を研究する場合だからだ。」(120頁)
 「(ヘラクレイトスが台所のかまどにもまた「神々がおわし給う」の述べたのと)同じ精神をもって、われわれはすべてのものになにがしかの自然と美が宿っていることを理解し、嫌悪感をいだくことなく、あらゆる形態の生命の研究に向かうべきである。というのは、計画的な意図がでたらめな偶然と対比されてはっきり目に見えるのは、なによりも自然の作品においてだからである。」(アリストテレスが生徒に語った言葉 123頁)
 「事実、自然科学のなかでも生物学は、もっとも頑固な機械的必然の信奉者でさえ、目的因の言葉を使わずにはけっして済ますことのできない部門である。」(124頁)
 「アリストテレスはこのような方便(注 プラトンの神学)を拒否した。かれは範型的イデアの離在を認めず、そしてその模範の消滅にともなって、創造神もまた消え去らねばならない。」(125頁)
 「この問題に対するアリストテレス独特の貢献は、可能性の概念である。科学者たちはいまだに『可能的(潜在的)エネルギー』という考えなしにやっていくことはできない。可能性(・・・)エネルギー(・・・・・)も共にアリストテレスが初めて通用させた言葉であり、可能的エネルギーの認知によって初めて、エネルギー保存の法則はいささかも欠けることなく妥当する。」(127頁)
 「始元のうちに終極が潜在し、そして現実性へと伸張し花開くだろう。」(128頁)
 「(物質は)隠された動力をうちに蓄えているぜんまいのようなものである。」(同頁)
 「種的形相は時間のうちにあって不死なる生命の担い手である。」(129頁)
 「目的を実現しようとする生命の動きは、われわれの望むさまざまな善きものへの人間的欲求の動きに似ている。」(130頁)

 「ところが生物学を越えて自然学の全領域へと歩を進める段になると、かれは神なしにはやっていけない。そしてこの神はまさしく希求切望の究極目標なのである。」(同頁)
 「『倫理学』に説かれるところでは、人間の終極目的はわれわれの自然本性に本来的に備わっている最高の機能を完全に行使することである。そしてこの最高の機能とは最終的には、ソクラテスが発見し、プラトンがその不死なることを宣言していたあの神的な理知的自己である。」(134頁)
 「身体には依存しない離在的精神ないし理性の教説において、プラトン主義へのアリストテレスの忠誠はいままた顕著に現われる。一個の科学者としては、生命原理ないし魂とは区別してそのような精神の存在を信じることはいわばかれの権利の外にあることだった。かれがはっきりと明言するように、魂は身体の形相であって、質料たる身体とは不可分であり、したがってそれ自身死すべきものだからである。」(同頁)
 「感情にとっての神が論理的抽象物へと理知化されるとき、感情それ自体は収縮し、宗教にとってあたかも二個の物質粒子が引かれ合う原因として想像される引力ほどの意義しか持たぬ何ものかへと衰えしぼむ。(中略)アナクサゴラスの体系における知性のそれと何の違いもないような神をもって終わるのである。」(137頁)
 「アリストテレスの神は世界の秩序づけを考えたり、何らかの善き目的の為に働いたりはしない。その神はみずからが目的であって、自分自身の完全性を観想することだけに没頭している。」(同頁)
 「第一動者をアナクサゴラスと共に始元に配置するか、アリストテレスと共に終極に設定するかは、さして重要な問題ではないように思われる。」(138頁)
 「確かなのは、希求切望の道徳のいのちともいうべきは、機械的な引力とはかろうじて区別されるようなものに矮小化した『欲求』などではなくて、なにかもっと生き生きとした感情なのだということである。」(同頁)

※この感情を著者は「愛」と呼ぶ

 「愛は寛容である。とはいえ、愛が甘受することのないだろう唯一のもの、それは愛が理知化されることである。」(同頁)
 「ギリシア人は頭脳が要求するところを主張し、キリスト教は心が要求するものを主張した。」(139頁)
 「愛を考慮の外におくとすれば、希求切望の強さは、社会的強制の道徳からそれを区別するもうひとつの特徴のうちにある。」(同頁)
 「エピクロスふうの勧告には侵しがたい憂愁が宿っている。『(中略)われわれの悦楽のしるしをすべての場所に残そう。なぜならこれがわれわれに割り当てられた取り分であり、われわれが抽き当てた(くじ)はこれだからだ。』」(140頁)
 「(ストア派の人間は)身体的快楽に対するソクラテスの陽気なこだわりのなさという伝統にしがみつく。」(141頁)
 「しかしながら、これら後代の哲学はわたしの職分をこえる。それらに言及したのは、わたしがこの講義のはじめのほうで行なった類比説明の仕上げを施したいという誘惑に逆らえないからだ。ソクラテス以前の学においては、不思議を悦ぶ幼児の態度にも似た何かを見た。そしてソフィストたちのいくつかの言葉のなかに、権威に対する青年期の反抗の口調を聞いた。ソクラテスとプラトンとアリストテレスにおいて、ギリシア哲学は責任ある大人の成熟と充実した理知的能力にまで成長する。しかし放縦なまでの知性の行使は、神話の作り手たる想像力の濫用と同じくらい確実に、いずれ勢い余ってつんのめるというのが定めであるように思われる。そのとき残るのはもはや老年の哲学、たそがれどきの諦観であって、快楽の園の上にも徳の隠れ家の上にもそれはひとしく深まりゆく。」(142頁)

解説(訳者の山田道夫による)
 「本書はコーンフォードというかなりユニークな学問的方法と志向をもった碩学(せきがく)がギリシア精神史に対する自身の根本的洞察を自由かつ大胆に論述したものでありながら、それを構成する個々の記述はすべて基本的事実として広く認められている事柄の穏当堅実な解釈や説明であって、明白な虚偽や誤謬(ごびゅう)はなにひとつないといってよいだろう。」(146頁)
 「コーンフォードはこの教師(注 考古学者ジェーン・ハリソン)から、神話はたんに古代人の想像力の戯れではなく、真の歴史、民族の心の歴史であり、これを無視しては、詩にせよ哲学にせよ、古代のいかなる知的精神的達成も理解できないことを学んだ。ギリシアの詩も哲学も、いな古代ギリシア語そのものがその表層の下にさまざまな想定や思考様式を蔵しており、それらは原初から民族の心に蓄積され、意識的な言表も批判もなく受け継がれてきたものであることを強く意識するようになったのである。」(150頁)
 「(処女作『神話的歴史家ツキュディデス』(一九○七年)は古代世界に通底する神話的表象ないし思考がこの歴史家の精神をいかに大きく規制していたかを明らかにしようとした作品である。」(同頁)
 「コーンフォードは古代ギリシアにおける精神生活の隠された原像とそこからの思想の進化発展を明らかにしようと試みた。」(151頁)

(2010.5.14記)