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イッセイエッセイ

916号 自然と人間について(続)

2014年01月19日(日)

第三章 プラトン
 「(真理は)文書のかたちで遺される何らかの記録によってではなく、かれら(注 ソクラテスを含む人間精神の地平を拡大した少数の冒険者)の生涯を実例として、ゆっくりと後世に確信されるにいたる。」(77頁)
 「かれらは書物を書かなかった。かれらは賢者であって、文字は精神が与えるいのちの(すべてではないにしても)多くを殺してしまうことを知っていた。」(同頁)
 「かれらに親しく接することによってその人格(・・)の力を感知した人々は、かれらの語ったどんなことにもまして、かれらの人物そのものを信じた。」(78頁)
 「(プラトンは)その天賦(てんぷ)の才によって詩人であり、ソクラテス自身に劣らぬ精妙な思想家ともなるべき人物がいたことはソクラテスにとってまたとない幸運だった。ソクラテスが死んだとき、プラトンは二十八歳ぐらいだった。そして八十歳で自身の死を迎えるまで、書くことをやめなかった。」(79頁)
 「(いわば)どこでソクラテスが終わり、どこからプラトンが始まるかという問題―はいまもなお学者たちの議論の的だ」(同頁)
 「いまや老人となったプラトンが若き日のアテナイやペロポネソス戦争を回顧している。もはや父祖伝来の慣習や法制によって治められてはいなかった当時の祖国についてかれは語る。それら法律慣習の全体が驚くべき速度で粉々になってゆくのをかれは目撃していた。」(81頁)
 「かかる悪行(注 三十人僭主政権が、ある同胞市民の不法な逮捕にソクラテスも加わるよう命じたこと、さらにソクラテスの裁判および死)を指導者たちに許すような社会において自分(注 プラトン)が政治行動の道に進むのを差し止めた障壁として際立っていたのである。」(82頁)
 「(プラトンは)どのようにしたらアテナイの道徳生活が新たな基礎の上に回復されうるのかを考えていたという。かれが見つけた答えは、知を愛する人々が王となるか、あるいは王たちがなんらかの神のおぼしめしによって知を愛する者となるのでないかぎり、人類はけっしてもろもろの悪からの休息を見出すことはないだろう、というものだった。」(同頁)

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 「クセノボンのソクラテスは、人間の歴史において重要な位置を占めるとはいっても、それはまあジョンソン博士(注 詩人列伝などを書いた英文壇の大御所)と同じ程度というような人物だ。プラトンのソクラテスこそが真のソクラテスであって」(83頁)

※この初期時代のプラトンの作品として、弁明、クリトン、エウテュプロン、ラケス、カルミデス、リュシス、プロタゴラス、ゴルギアス

 「…鮮明な理想の直視こそ知識であって、それはただ厳格な思考によってのみ獲得される。ソクラテスの実際の活動においては、この厳格な思考は、正しい行為を記述するのに一般に使用されている語の本質的意味を定義する試みという形態をとった。例えば、『正義』というようなものがあることは誰もが認めている。では、われわれがその名辞によって意味しているのは何なのか。」(84頁)
 「希求切望の道徳は普遍的なものである。万人に普通な完全性の理想、あらゆる慣習と行為がそれによって測定されるべき基準はただひとつしかありえない。」(85頁)
 「『正義』というような語は、さまざまな時と所で正しいと呼ばれるさまざまなことがらすべてとは独立に、ひとつの普遍的な意味をもっている。この絶対的意味は定義されうるし、知られうる。それが、プラトンが『イデア』とか『理想』とか呼んだものであって、事物の本性のうちに恒常不変なありかたを保ち、いかなる集団や個人の恣意的な立法もよく及びえぬところのものである。われわれが正義をひとつの『理想』として語る場合、それはどんな人間、どんな組織制度のうちにもまだけっして完全には具現されていないかもしれないということをも意味している。」(同頁)
 「正義それ自体は思想ではなくて、思想の永遠的対象である。われわれが是認する行為なり制度なりが与えるこういった名辞は、真実には人間的完成という絶対的理想の構成要素に帰属する名辞である。」(同頁)
 「理想こそは万人が希求すべき終極目的であり、地上においては実現されたためしのほとんどない規範として天上高く掲げられている。」(86頁)
 「ピュタゴラス派の哲学は数学的な性格のものだったが、その発想においては神秘的であり宗教的だった。かれはソクラテスとは違って、その霊感を解釈することのできる一人の弟子をもつという幸運にはめぐまれなかった。」(87頁)

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 「いまや(わたしの意見では)ソクラテスを超出して顕著にプラトン的であるところの、ある教説が告知される。絶対的イデアというものに実体としての存在が与えられ、それはわれわれの世界においてそれらイデアを具現する事物とははっきり別のものとされる。そしてそれと同時に、イデアを知るところの魂ないし精神には、それが一般的に宿る身体からは独立した、離在的存在が認められる。」(88頁)

※プラトンが40歳代、南伊、シシリーを訪れピタゴラス派の神秘な哲学を知り、中期の対話篇(メノン、パイドン、饗宴、パイドロス)が生まれる。

 「事実、純然たるプラトン主義はこれらふたつの根源的着想の流れが、すなわちソクラテスとピュタゴラス派に発する流れがひとつに合流した時点から始まる。プラトンはソクラテスからは人生の諸問題が希求切望の道徳と恒常不変な完全性の理想の追求によって解決されるべきことを学び、ピュタゴラスからはこの考え方がいかにして人間的関心の領域を超えて全自然を包括するような、そして『パイドン』のソクラテスが期待したような学問的視野の変換を為し遂げるようなひとつの理論体系に拡張されうるかを学んだ。」(同頁)

※それ以降の今日にいたる哲学と数学の流れの源泉ともなっているか

 「イオニアの物質論とは違って、プラトン主義は自然の扉をあける鍵を始元にではなく終極に求める。つまり背後から駆り立てる機械的原因ではなく、欲求の動きを理想的完全性をそなえた範型に向けて(いわば前方から)魅きつける目的因のうちに求めるのである。」(同頁)
 「恒常不変のイデアの世界は、その引力によって海の休みなき潮の満ち干を支配する月さながらに、時間と空間のうちにある生成の流れを支配している。」(89頁)
 「かくしてプラトン主義は、ソクラテスの道徳において告知された希求切望の原理を存在全体の解釈にまで拡張する理論体系である。その同じことが(のちに見るように)アリストテレスの体系についても、かれがプラトン主義者であり続ける限りにおいて、言えるかもしれない。したがって、のちにキリスト教がいまいちど希求切望の道徳を別のかたちで表明したとき、キリスト教思想の構造のなかに融け込む力をもつことが判明したのは、これらふたつのギリシア起源の体系である。」(90頁)
 「プラトンやアリストテレスはキリスト教会最大の教父たちの一員だ。いくつかの異端的教説にもかかわらず、もしかれらがたまたまキリスト教時代より数世紀前に生まれたのでなかったとしたら、かれらは中世において聖人の列に加えられていたかもしれない。その両者の背後にはソクラテスがいるが、かれはおそらくもっと長く待機して、ジャンヌ・ダルクとともに聖人たちの仲間に加わったことだろう。」(同頁)
 「プラトンがソクラテスの希求切望の原理をこの宇宙全体の体系的説明にまで拡張したのは、ピュタゴラスの与えた手掛かりに導かれてのことだった」(同頁)
 「ピュタゴラスは哲学史のなかで、ふたつの別々の関心をもっていた人として記述されることが時々ある。すなわち宗教的変革者として輪廻(りんね)転生(てんしょう)説を教え、密儀宗教の社会集団を創設した。そして学者として数学、すなわち算術、幾何学、天文学、そして音楽の基礎を築くのに貢献した。」(同頁)
 「歴史家は宗教的なピュタゴラスのほうは短い遠慮がちな紹介だけで片付け、学的なピュタゴラスと、事物の本質的実在性は数のうちに見出されるというかれの数学上の教説とにもっぱら精力を注ぎがちである。だがしかし、これは偉大な哲学者の世界把握のありかたを理解する途ではない。」(91頁)

※ピタゴラスの両面評価

 「数理哲学の胚種となったのは、算術や幾何学ではなく音楽の領域でのひとつの発見だった。」(同頁)
 「ひとつの協和音、すなわちひとつの限定された調和的秩序という構造が生み出されるだろう。その構造は、ありとあらゆる多様な音階すべてを通じて変わることなく、音楽という構築物全体への鍵となるものであって、たんに秩序的であるのみならず美的でもある世界、ひとつのコスモスを開示する。」(93頁)
 「この考えが物質的な方向に追求されるなら、それは事物の実在性は無秩序で不定は質料的原理(無限定なるもの)のうちにではなくて、かたちと尺度、比例と数というような、それとは反対の限定の原理のうちに存するというピュタゴラス派の教説となる。」(同頁)
 「物理科学を解く鍵は数学のうちにあるという発見は、哲学的思索の幼年期に始まって、いまもなお科学の指導原理としての役割を果たしているところの天才的直観のひとつである。当今の物理学者たちは、物質的実体の法則は数学の等式によって表現されるべきことをわれわれに教えている。」(94頁)
 「ピュタゴラスは、自然という大宇宙から人間の心身という小宇宙に向き直って、身体の完全さ、つまりその美しさ、強さ、そして健康というものが物質的諸要素の調和に依存するものであることを見た。」(同頁)
 「(ピュタゴラスの説)この地上で魂は神性の入り口に達して、それ以後はもはや受肉を免れるということが可能である。混じり気のない完全さを取りもどしたなら、魂は不死なる神々と共に暮らして、もはや地上を再び訪れることはないだろう。人は神にひとしきものとなることができる。なぜなら、かれの内なる生命は、宇宙を隈なく照らす神的な火から発する火花だからである。」(95頁)
 「行為や制度習慣のうち、普遍的に正義として認知されるような正義の完全な具現であるものはひとつもない。完全な正義はそれらすべてにいきわたって、その集合全体から抽象されたり抽出されたりするような共通性格ではない。」(96頁)

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 「われわれはどのようにして、正義の名で呼ばれはするが、じつはその名に値しない他のすべての事物のあいだからそれを認知することができるのだろうか。正義の定義の探究を開始するとき、われわれは探している当のものをすでにある意味で知っていてはいけないのだろうか。」(同頁)
 「完全なるイデアについての知識と、そしてじつに真理と実在についての全知識は常にわれわれの魂そのもののなかに備わっているというのが想起説によるその回答である。その知識はそこにある。しかしそれは隠れていて意識されないのである。」(97頁)

※「学び」あるいは「真理の発見」は隠れていた知識が思い起こされて意識レベルに高められたという「想起説」である

 「真理はいつもそこに備わっていて、ただもっと明瞭に見られ、そして真理の全体系の他の部分と調和的に関連づけられることだけを求めているのである。」(同頁)
 「真理は忘却されているが、しかしそれは記憶のうちに蓄えられていて、その中からまた取りもどすことができる。この記憶はわれわれがふだん記憶と呼んでいるものとは違って、われわれの身体的生の期間に感覚の諸経路を通って流れ込んでくる経験の記録といったものではない。」(同頁)

※この記憶は個人的なものでなく、全人類において同じ、魂の不死

 「ここ(注 ソクラテスが幾何学について何ひとつ教えることなく質問をしただけで、奴隷から作図問題に対する真の解の正しさを知るに至るように導いたこと)においてはじめて、数学的真理の知識はア・プリオリなものだということが認識される。プラトンがもしパスカルの経験を知っていたとしたら、もっと強烈な確証をそこに見出したことだろう。」(98頁)
 「可触的素材のなかに実際に作ることのできるような図形なり手本なりは、その最良のものでさえ常に不規則であり不完全なのである。そしてまたそれは『偶有的な』性質とも所有しているだろう。」(100頁)
 「かくして数学的真理の世界は可知的世界であり、身体的感覚の領域を超えている。」(101頁)
 「直観と演繹的推論は真理から真理へと前進することができる。なぜならどの真理もほかのあらゆる真理と論理的必然の鎖によってつながっているからだ。」(同頁)
 「それ(注 知識)は完全に明晰で首尾一貫している。そして外からのいかなる説得によっても揺るがされることはない。」(同頁)
 「(プラトンは)片時も止まらず移ろいゆく物象事象の流れをこえた独立の実体的存在という同一の資格をそれら両対象(注 数学的知識の対象、とソクラテス的知識の対象)のために等しく要求した。」(同頁)
 「かかる主張が『パイドン』の主題であって、そこでは二筋の議論が()り合わされている―感覚的事物とは独立に理想的範型としてのイデアが実在すること、そして魂が身体への寄宿とは独立に実在すること、この二つである。」(102頁)
 「ソクラテスの態度は不可知論的である。知恵に関して自分が唯一主張するのは、自分は知らないことを知っているかのように想像したりはしないということだ、そして死後起こることについては自分は何ひとつ知らない、とかれは言う。」(同頁)
 「それ(注 死)は人間のうちにある神的な霊魂の、肉体の牢獄からの解放であって、その牢獄に霊魂はただ異邦の巡礼として逗留していただけなのである。」(104頁)

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 「プラトンの返答は『ティマイオス』のなかに読み取ることができるだろう。それはまぎれもなく宗教的(・・・)であって、ギリシア人が『ミュートス(お話、神話)』と呼ぶ形式において提示されている。『ティマイオス』に含まれる創造神話は、ある詩的(・・)なしかたでの真実の開陳(かいちん)であって、文字(・・)どおりの意味で受け取られてはならない(・・・・)。この対話篇がわれわれに告げるのは、世界は理想的完成をめざす計画的意図の産物としてのみ理解可能だということである。」(108頁)
 「最終的な謎に迫る段階になると、かれは比喩(ひゆ)的な言語を語り始める。これらの謎はけっして話し言葉や書きもののなかで言い表すことはできない」(109頁)
 「かれ(注 プラトン)にとって、是非とも実行しなければならない重大事だと思われたのは、みずから哲学者たりえぬ人々を説得して、人間界の事情に無関心ではないような神の存在を信じさせることだった。この世でなされた善と悪の影響を被らないわけにはいかないあの世の存在を信じさせることだった。」(同頁)
 「宗教は哲学を解さぬ一般市民に神話のかたちで教えられるべきものだった。」(同頁)
 「始めから終りまで、道徳的、政治的動因がプラトン主義の主要な源泉だった。プラトンが死んだとき、かれはまだ『法律』の執筆に取り組んでいたが、それはかれの最新の社会改革案だった。」(110頁)
 「少数の者しか哲学者になれないのなら、残余の人々はその者が命ずるとおりに行動するよう教えられなければならない(中略)その観点からすると、プラトンの優秀者支配国家は、人類にとっての究極の理想(・・・)ではなく、ひとつの妥協(・・・)であるようにみえる。」(同頁)
 「都市国家という政治形態のなかに流れ込んだ生命力は、ペリクレス時代のアテナイにおいてその絶頂期に達してしまっていた。ギリシアの都市国家には、戦争とともに始まった長い破壊的変動のほかには何の未来もなかった。」(111頁)
 「そのような道徳(注 普遍的な道徳)に純粋に鼓舞された生活は、その政治的枠組みとして、人類全体を覆う広さのひとつの世界規模の組織を要求する。それは都市国家や、さらには民族国家の境界内にさえ止めておくことのできないものである。」(同頁)