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イッセイエッセイ

915号 自然と人間について(続き)

2014年01月19日(日)

第二章 ソクラテス
 「つぎに問うべきは、なぜそれらの説明(注 イオニア自然学)はソクラテスの期待に応えられなかったかという問題である。」(45頁)
 「われわれが信頼しうる権威筋―プラトン、クセノポン、アリストテレス―は(そろ)ってつぎのように、すなわちソクラテスは若くして自然学的探究の方法と成果に幻滅した後、世界の起源というような問題は二度と論じなかったと断言しており、クセノポンはいくつかその理由を付け加えてもいる。」(46頁)
 「ソクラテスは当時行われていた自然についての思索を二つの根拠から拒否した。それは独断的であり、そして役に立たないというのである。」(47頁)
 「(注 イオニアの自然学者たちの世界の起源論は)それをまるで自分たちがそこに居合わせて目撃したかのような(・・・・・・・・・)確かな口ぶりで語っていた。」(同頁)
 「事物の本性についてのこういう説明はア・プリオリな空論的(・・・・・・・・・・)思索(・・)によるものであって、いかなる実験の規制のもとにもなければ、証明可能なものでもなかった(・・・・・・・・・・・・・)。」(同頁)
 「そのような理性のつじつま合わせは、神話を作り出す想像力が行うでっちあげと同じくらい危険な虚偽となりうる。事実、科学が歩んできた道には廃棄された理論の残骸(ざんがい)が散乱しているが、その信奉者たちは、どんな神学者にも負けない頑固さでそれらにしがみついてきたのである。」(48頁)
 「ソクラテスという人物の核心をなす特性は、そもそも何を知ることができて何を知ることができないか、そして根拠が吟味されないまま知識をよそおうことがどれほど危険かを()ぎ分ける透徹した感覚にある。」(同頁)
 「そんなふうにわれわれは、定められた目的のための手段を工夫しつつ、その目的ははたしてそのために生きるに値するものかどうか問うてみることなどせずに、一日一日を過ごしてゆく。だがそういう問いがまさにソクラテスが提起した問いであり、人々に考察するよう無理強いして、そのために大いに不興を買ったところの問いなのである。」(52頁)

※ソクラテスの特徴(1)

 「そのようにして人間的幸福というものが、他の諸目的がそれに従属するところの万人共通の目的として浮かびあってくる。」(同頁)
 「哲学者たちの見るところ、幸福を快楽(・・)と同一視するか、社会的成功や名誉や名声(・・)だとするか、知識や知恵(・・)だとするかによって、人間は大雑把(おおざっぱ)に言って三つのタイプに分類することができた。」(同頁)
 「幸福はかれ(注 ソクラテス)が魂の完成と呼んだもの  「みずからの魂をできるかぎり(すぐ)れたものにすること」   のうちに見出されるべき」(53頁)

※ソクラテスの特徴(2)。精神の完成状態は「アレテー」とよばれる

 「(ソクラテスの弁明)『アテナイ人諸君、あなたがたはアニュトスの言い分を聞きいれてもいいし、聞かなくてもいい。わたしを放免してもいいし、しなくてもいい。なぜならわたしは、たとえ千度死ぬことになるとしても、自分のやりかたを変えたりはしないからだ』」(56頁)
 「『魂の完成』ということでソクラテスが意味していたのは、われわれなら精神的完成と呼ぶだろうものであったと私は信ずる。」(同頁)

※「徳は知なり」のパラドクス、ソクラテスが善と同一視したところの知識

 「ソクラテスが最高に偉大な哲学者のうちに数えられるべきなのは、じつにこの意味での魂と、精神の希求にもとづく道徳とをかれが発見し、それまで行われていた社会的強制の道徳にとってかわらせたということによるのである。」(57頁)

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 「この発見の意義を理解するために、ソクラテスの同時代人で競争相手だったソフィストたちに結びつけられる思想運動をここで見ておかなければならない。ソフィストというのは学派ではなかった。それぞれ独立別個の教師たちで、タイプもじつにさまざまだった。」(同頁)
 「外向きの好奇心には子供の眼に宿るあの心的な驚嘆を思い起こさせる何かがある。この見地からすれば、われわれはソクラテス以前の自然学を、新たな思考形態の幼年期と見なしてよいだろう。」(58頁)
 「わたしの提案としては、それ(注 ソフィストの思想)を青年期の哲学と呼んでもいいのではないかと思う。」(57頁)
 「青年期に対応するのがギリシア哲学の第二段階、ソフィストの時代だということだ。」(59頁)
 「両親や家族やその他かれの意志を支配し、かれの個性をねじまげる権利を主張するあらゆる社会集団(・・・・)から個人格(・・・)としての自己を切り離す(・・・・・・・)こと、これがいまやかれ(注 ソクラテス)の主要な関心事だ。個人たるものはみずからを自分自身の足で立つことを要求される道徳的存在として、つまり一個の人間として見出さなければならない。」(同頁)
 「かれが脱却すべき規範への絶対的服従を要求する同時代人の集団の、ほとんど圧倒的な圧力によって包囲されているのである。そのことの結果は、あらゆる権威に対する不必要に暴力的な反抗である。」(60頁)
 「その時(注 ペルシア戦争以前)までは、市民の行動を規制しようとする権力の要求に公然たる挑戦がなされたことはなかった。(中略)法律習慣が絶対的義務の具体的表現であることは、論議の余地なく暗黙のうちに承認されていた。」(同頁)

※ソフィストたちの幾人かがこの基本的な想定に大胆にも疑問を投げかけた

 「自然の法とは自己保存の原理である」(61頁)
 「国家の法は、快適でなく、したがって不自然な行動を強制する。」(同頁)
 「法的な規則はもともと人間相互の合意によってつくりだされた。そしてそれらはその契約の当事者ではない後代の人間にはほんらい強制力をもってはいない。」(同頁)
 「自然の法を回避するすべはないけれども、社会の法に対しては、見つかって罰せられる危険があるときにだけ従うべきだということになる。(中略)自然の法と人間の法との対照はここにおいてはじめて姿を現す。」(62頁)
 「この強者の自然的権利の見解は、プラトンの『ゴルギアス』四八二以下において、世俗的な若者カリクレスによって力強く言明される。」(同頁)
 「子供をもつ親なら、このような個人の自己肯定の哲学のなかに、ちょうど家庭の権威にさからう青年期の反抗的精神に類比的な何ものかを認めるだろう。ソフィストの講義や論争に立ち会う若者たちのあいだから熱心は聴講者が生まれたことは何も驚くべきことではないだろう。」(63頁)
 「ところが生徒たちにとっては、それ(注 アンティポンの自然法と社会の法に関する発言)はあのばかげた規則(注 社会の法)への反抗の表現として同じくらい大喜びで迎えられることだろう。」(同頁)
 「大衆の頭の中ではソクラテスはただ単純にソフィストたちと同一視された。アリストパネスや他の喜劇作家たちがそのような誤解を助長し、七十歳のとき裁判にかけられて、『アテナイの神々を認めず』『青年たちを堕落させる』という罪状で有罪の宣告を受けた。これらの罪状はまったくのでたらめだったのだろうか、それとも告発者たちの口から発せられたときの皮相な意味よりもずっと深い何らかの真実を主張するものなのだろうか。」(64頁)

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 「ソクラテスはかれらが未熟な質問をかさねても、けっしておとなの経験を楯に高踏的な口調でそれを封じ込んだりしなかった。」(同頁)
 「かれはつねに曇りのない率直さで、かれ自身が探究者であり、何も知らず、何も教えるべきことを持たず、あらゆる問題を開かれた問題とみなしていることを言明した。」(同頁)
 「ソクラテスがこの種の策(注 ソクラテスが問答競技を行使すること)を弄するのはただ職業的な弁論家や問答家やその他みずからの知恵の優越を主張する人々の化けの皮をひっぱがえそうとするときだけだ、ということに気づかれるだろう。」(65頁)
 「事実、価値についての知識は、空が青く、芝生が緑なのを見るのと同様、直接的な内観の問題なのである。それはある人から別の人に手渡すことができるような情報の断片から成るのではない。最後的には、いかなる個人も自分は何をするのが善いのか、自分自身で観て、判断しなければならない。個人格は、いやしくも欠けるところなき人間になろうというのであれば、道徳に関して自律的でなければならず、自分自身の人生を自分自身の統御のもとに置かなければならない。」(67頁)
 「全面的におとなの自由を勝ち取るためには、それまでに受け入れていた行動規範のすべてを疑い、あらゆる道徳上の問題を自分自身で判断することを目指さなければならないと若者たちに教えることは、両親や社会があれほどにも用心深くかれらの幼年期の周囲に張り巡らしたあらゆる道徳上の(モラル)支柱や補強壁を取りはずす(デー)という意味において、かれらをデーモラライズすることである。」(69頁)
 「確かに、『あなた自身の眼で見て正しいことを行いなさい』と言うのは危険である。それを聞く人々のなかには、『したいようにすればよい』と言われているのだと早合点する者、そして『しかしまず、何が本当に善いのかということをあなたの眼が完全な明晰さで見ているかどうかを確かめなさい』という決定的に重要な留保条件を理解しない者もいるだろうからだ。」(70頁)
 「普通のアテナイ人は自分の魂(プシューケー)を、自分の身体と同じ姿をした空気状の非実体的な亡霊や生き霊のようなもの、すなわち虚無と境を接する暗鬱なハデスの国(冥界)のようなところへ死の瞬間に飛び去ってしまうか、あるいはひょっとすると気息として身体から逃れ出て煙のように空中に消え去る影のようなものとして考えていた。」(72頁)

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 「そういう人に、かれにとっていちばん大切なことはかれの『魂』とその完成に心を配ることだと教えるのは、本物のかれを無視して、かれの影を大切にせよと命ずるようなものだった。ソクラテスの発見というのは、真の自己とは身体ではなく魂だということだった。そして魂という語でソクラテスが意味していたのは、善を悪から知り分けて、(あやま)たず善を選ぶことのできる内観能力の座のことだった。」(同頁)

※ソクラテスの特徴(3)

 「自己を治めるとは、その真の自己が他の諸要素を支配すること、すなわち魂の絶対専制支配のことである。」(73頁)
 「これがソクラテスのパラドクス、すなわち『徳は知識である』とか『何人もみずからすすんで悪をなすことはない』とかいう命題が意味していることである。人々はふつう、『悪いとはわかっていたが、そうせずにはいられなかった』というふうに言う。」(同頁)
 「プラトンの後期著作やアリストテレスにおいてこの真の自己に与えられている特別の名前はヌゥス(、、、)であって、これはふつう『理性』と訳される。だが近代の人間にとっては、『理性』という語は思考はするが意志することはない能力を示唆するので、『精神』という語のほうが誤解されにくいだろう。プラトンとアリストテレスはこの精神をプシューケー(、、、、、、)とは区別して考えた。プシュケーは身体と不可分に結合していて、身体の死とともに滅びるものである。」(74頁)
 「世間が尊敬し報酬を与えるような達成可能な美徳を眼目とする道徳に代えて、幾人かの少数者だけが到達しうるような完全性を希求切望する道徳を確立することだった。その少数者は、生存中は世間から排斥され、あまりにも時を遅れてようやく英雄もしくは神として(あが)められるにいたったのだが、ソクラテスはまさにそのような人だった。」(75頁)

(2010.5.13抜記)

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 コンフォード(1874-1943)、イギリスの古典学者。抜すいした本書は1932年にケンブリッジ大学で行った夏期公開講座の講義によるもの。訳者山田道夫の解説によれば、コンフォードは古代社会の神話的表象ないし思考と民族の心や歴史との深い関係をもとに研究したという(「岩波文庫」1996年版)

(2014.1.13抜萃以外の注や※を追記)