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イッセイエッセイ

915号 自然と人間について

2014年01月19日(日)

「ソクラテス以前以後」(コンフォード著)の摘要
序文
 「ソクラテスによって哲学が自然の研究から人間の生の研究へと方向転換した」(8頁)
 「わたし(注 F.M.コーンフォード)は初期イオニア自然学の叙述を試みたが、それはそのイオニア自然学がなぜソクラテスを満足させることができなかったのかを明らかにするためである。そしてプラトンとアリストテレスの哲学は、ソクラテスが発見したことの諸帰結を世界解釈のなかに取り入れようとする企てとして取り扱われた。」(同頁)
(注記は小生、以下同じ)

第一章 ソクラテス以前のイオニア自然学
 「(ギリシア哲学が創造性に(あふ)れていた時代全体は)紀元前六、五、四世紀というほぼ三世紀間にもおよぶ時代であって」(11頁)
 「わたしが解き明かそうとするのはただ、なにゆえソクラテスの生涯と仕事は、その歴史における決定的段階あるいは転回点を画するものとして他から区別されるのか、という問題である。」(同頁)
 「ソクラテスが為し遂げた思想革命、つまりどのようにしてソクラテスは外的自然の研究から、人間の研究および社会における人間的行為の諸目的の研究へと転回させたか」(12頁)

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 「この早い時期の自然学においては、ある物理的な事象がいわばばらばらに分解されて、それに先行するかあるいはそれを構成している他の物理的事象によって記述されるなら、それで『説明される』ことになるのだと想定された。そのような説明は事象がどのようにして(、、、、、、、)生起したかということのより詳細な描像を提供する。しかしそれはなぜ(、、)生起したかをわれわれに教えはしない、とソクラテスは考えた。」(13頁)
 「ソクラテスは、アナクサゴラスがこの世界秩序を盲目的な機械的必然の結果ではなく、意図的計画の所産として説明するのを見出せるだろうと期待した(注 アナクサゴラスは、世界は知性(ヌゥス)によって秩序づけられると述べていた)。その場合、そういった秩序の説明・理由づけは、その秩序がそこから生起してきた何か時間的に先行する事物の状態においてではなく、その秩序がそれに役立っていることが示されうるような何らかの終極目的において見出されるだろう(と思った)。」(14頁)
 「今この瞬間、自分が牢獄に座って、死を待っているのはなぜだろうか。それは、自分の身体の筋肉がある仕方で収縮して自分をここに運び、着座の姿勢をとらせているからではない。そうではなくてかれの精神が、アテナイの法廷判決にしたがうほうが()いと考えたからだ。」(同頁)
 「ソクラテス自身はアナクサゴラスはやり残したことを仕遂げる力はなかった(注 アナクサゴラスが、知性は世界の最初の運動を引き起す働きしかないと言ったにすぎないことを、ソクラテスは知ったのだ)。そこでかれは、納得のゆく自然説明の仕組みへの望みをすべてうち捨て、外的事物の研究から離れ去った。」(同頁)
 「プラトンやクセノポンが描いているのは、自然についてではなく、社会における人間の生活について、正しいとか間違っているとかいうことの意味について、そしてわれわれがそのために生きるべき諸目的について問答しているソクラテスの姿である。」(同頁)
 「その瞬間までは、哲学の眼差しは外的自然の刻一刻すがたを変える光景の合理的説明を求めて、もっぱら外へと向けられていた。だが今や、その視線は別の領野―人生の秩序と諸目的という領野―をめざし、そしてその領野の中心においては、個人の魂の自然本性へと向かう。以下に述べるように、ソクラテス以前の哲学は自然の発見とともに始まり、ソクラテスの哲学は人間の魂の発見をもって開かれるのである。」(15頁)
 「なぜ人は自然をまず最初に探究したのだろうか。なぜ自己自身を知りたいという要求のほうは、ソクラテスがまさにそれこそ自分の主要な関心事だと宣言するまで、等閑(とうかん)に付していたのだろうか。」(16頁)

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 「デモクリトスの原子論においてイオニア自然学の発展は頂点に達したが、デモクリトスはソクラテスやプラトンの同時代人だった。アリストテレスの時代から今日に至るまで、あらゆるギリシア哲学史の叙述はミレトスのタレスから始まる。広く認められているように、かれとともに何か新しいもの、われわれが西洋科学と呼ぶあるものがこの世界に姿をあらわしたのである。」(同頁)
 「土地測量のための規則的手順は幾何学に変貌した。」(17頁)
 「理性は、二等辺三角形の二底角が常に等しいのを知り、そしてそれらが等しくなければならないのはなぜかを知ることに生き生きとした(よろこ)びを見出した。」(同頁)
 「そこで科学の誕生の意味はといえば、こういうことだ。知性は利害関心から離れて、直接的な行動の問題に汲々(きゅうきゅう)たる人々のあずかり知らぬ思想の大海へと、いまや自由に乗り出してゆけるのを感じとった。理性は普遍的な真実を探究し、見出したが、生活上の緊急の用件に対しては、それは役立つかもしれないし、あるいは役立たないかもしれない。」(18頁)
 「ある部分は自然的で、ある部分は超自然的だというのではなくて、すべてが自然のものだということの発見だ。この宇宙はひとつの自然的全体であり、それ自体としての不変なありかたをもっている、すなわち人間の理性によって認識されうるが、しかし実際行動による支配は及ばぬようなありかたを有していることが理解されるとき、科学は始まる。」(19頁)
 「それ(注 科学以前の時代の諸特徴)は、(1)外的事象からの自己の切り離し、すなわち対象の発見ということ」(20頁)
 「対象からの切り離しについて言えば、もし個体がいまもなお種の歴史を集約的に反復しているのだとすると、われわれはいまこの点において、人類の進化のきわめて遠い昔にさかのぼる事柄に関わっている。」(同頁)
 「赤ん坊は乳母たちの()(ぐさ)を借りれば『知恵がついてくる』、あるいはウェルギリウスの表現を借りると『母を見分けて微笑(ほほえ)む』ようになる。自己と外的世界のあいだに亀裂が拡がり始めたのである」(21頁)

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 「外的対象が独立に存在していることへのこの発生期の信念が常識哲学の基礎であって、嬰児はみずからの未熟な独我論の破綻によってこれを強制される。人類の発展においては、自己の外にさまざまな事物が存在することの発見は、すでに述べたように、はるか遠く(さかのぼ)った時期に位置しなければならない。しかし、この発見をなすことと、それら外的対象がそれら自身の、人間本性とは異なる本性をもっていて、人間の情念や欲求に対して共感も敵意も抱きはしないという観念に達することとはまたく別の事柄である。自己と対象とを分ける境界線が、科学が引くのと同じ場所に引かれて、対象が完全に切り離されるまでには、じつに長い時間が過ぎ行かねばならない。」(同頁)

※本書の大事なポイントである

 「なぜそうかというと、それは知性がこの長い期間にわたって行動(・・)上の関心に没頭(・・)しつづけ、利害を離れた思索のための閑暇を持たないからである。このことが科学以前の時代の二つめの特徴だ。」(同頁 ○○(、、)でない傍点(・・)は小生、以下同じ)
 「知性はいついかなる時も行為の諸目的のために奉仕する。そしてそれは最初はただもっぱらそのような目的にのみ仕えたというのがわれわれの推測である。」(23頁)
 「何らかの実際目的に転用されるがゆえに注意をひく事物にだけ知性が限局されているというのは、いまでも未開人種に見られることだ。」(同頁)
 (マリノフスキー博士がメラネシア人について記したもの)「有意味な事物すべては、未開人にとって、未分化無差異の背景上にばらばらに切り離された点景として際立(きわだ)つのである。(中略)自分たちにとって重要な若干の対象だけを切り取り、それ以外のものは単なる背景(・・)として扱う傾向があることに気付いて印象深く思った。(中略)たまたま何らかの意味で役に立つものだったとしたら、それには名前が与えられるだろう。その使用法や性質について詳しい言及がおこなわれ、その事物はそのようにしてはっきりと個別化されるだろう。・・・慣習的にであれ、儀礼的にであれ、何らかの関連で人間の役に立つものを切り取って、残余のものすべては(じっ)()ひとからげに区別なくひっくくるという傾向は、およそあらゆるところに見られるのである。」(24頁)
 「当初、思考のおよぶ範囲は差し迫った行動上の必要によって限界づけられていた。外的事物は人間の活動の内部に参入する度合いに応じて、選択的に注意を引いた。」(25頁)
 「猿は事物がなにかそれら自身の対抗意志によって自分の欲求に反対しているという感じをもつだろうと想像できよう。」(同頁)
 「かれの願いに共感し、推し進めてくれる好意的な事物もまた存在するのである。」(同頁)
 「行動を促進したり妨害したりするような目に見えない力が、人格性の断片的要素である。それは人間が考慮ということをし始めた時に、そこから超自然的世界をつくりあげる元になった原材料である。」(同頁)
 「断片的な人格性の要素ははじめはたんに事物のうちにそなわっているだけである。ある意味でそれらは人間の自我から対象のなかに投射されたものだとも言えよう。」(26頁)
 「有益もしくは有害な事物が人を助けたり害したりする意志をもっているという想定が無反省のうちになされるのは、子供が指をはさんで扉をけっとばしたり、ゴルファーがスライス・ボールを打ってクラブに八つ当たりするのと同じだ。そのような人がもし論理的なら、試合開始前に自分のクラブに祈るだろう。あるいは真っ直ぐに当たってくれますようにと、クラブをなだめすかすまじないを(つぶや)くことだろう。こういう投射された人格的要素が呪術(じゅじゅつ)の対象だからである。そのふるまいが規則的で計算可能なものではないという意味で、それらは超自然的である。」(27頁)

 「この要求を超自然的なものの系譜を作りあげることによって満たし、そして見えざる諸力をもっと明確な形姿のうちに固定し、より具体的な実質を付与するという効果をもつのが神話である。諸力は最初に宿っていた事物から引き離され、完全な人姿へと拡充される。」(同頁)
 「ギリシアにおける科学の誕生は、この経験と啓示という知識の二系列間の区別、およびそれらに対応する二系列の存在、すなわち自然的存在と超自然的存在との間の区別を暗黙のうちに否定することにおいて画然と示される。」(28頁)

※本書の大事なポイントの第二である

 「神話が(こしら)え上げたような超自然的なものは別段どうということもなく、ただ消え失せた。」(同頁)

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 「自然の発見は人間精神が為し遂げた最も偉大な事業のひとつだという言明を正当化するのに、おそらくはもう十分なことが以上で述べられた。他のあらゆる偉大な達成と同様、それは例外的な資質をもつ少数の個人によってなされた仕事だった。ではこの人々が前六世紀のイオニアのギリシア人だったのは、いったいなぜだろうか。」(29頁)
 「おそらくギリシア人の想像力は視覚的な明瞭さにおいて他に類を見ないものであり。この点ではローマ人をはるかに凌駕(りょうが)していた。」(同頁)
 「神々の姿が完全に人間化してしまったとき、誰か懐疑的精神の持ち主がいて、小アジアの雷鳴とどろく嵐は真実オリンポスの頂きに鎮座まします大御神の怒りによるのだなどと信じるのを拒否したのは、じつに不可避な成り行きだった。」(同頁)
 「少数の高度な知性の持ち主たちには、自分たちは神話をまったくの虚偽として一挙に解体してしまったと、たぶん思われただろう。だがかれらはギリシア世界の残余の人々を一緒に連れていったわけではないのを覚えておくことが大切だ。その先一千年にわたって、まだゼウスの祭壇から犠牲の煙の絶えることはなかった。」(31頁)
 「宇宙生成論の意義は、それが何を内容として含んでいるかよりも、むしろ何を排除しているかということのほうに存する。宇宙生成論は神々の誕生系譜の物語とは切り離されていて、そういった神々や何らかの超自然的な力についてはひとことの言及も含んではいない。」(33頁)
 「われわれはだんだんと自分の知っている世界のなかへとやってきて、超人間的な登場人物はしだいに人間なみの尺度にしぼんでくる。」(34頁)
 「歴史的事実としては、それ(注 デモクリトスの原子論)は連続量が不連続な単位から成るという数学上の理論として登場した。」(37頁)
 「科学としての原子論が常識を超え出て進んだのは、物体を構成する原子は無条件に不滅不変たるべしという要求においてだった。」(38頁)
 「だが古代の科学は、無からは何ものも生じないという原則を固く守って、移り変わる現象を映す幕の背後に何らか恒常的で不滅な『存在』を要請した。」(同頁)

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 「これらを示す命題(注 慣性の法則、質料保存の法則、エネルギー保存の法則といった近代科学の保存則)は、後になってしばしば純然たる経験則だと見なされるようになったものの、すべて最初はいかなる種類の証明もなしに、あるいはア・プリオリな論証の帰結として表明されたことは周知のとおりである。」(39頁)
 「原子論の体系を考察してみると、われわれが精神的だとみなすことのできるものはどんなものも、とにかくただ雲散霧消してしまうのが見られる。原子論者が魂の説明を求められると、かれは、魂もほかのすべてと同様原子から成るのだと答える。(中略)感覚は外界の原子が魂の原子にぶつかることによって生じ、知覚される性質が種々様々であるのは原子の形が多様であることによるのである。」(41頁)
 「もし人間が、外的自然よりは自己自身の考察のほうを先に始めていたとしたら、そんな突拍子もない結論に到達したりはしなかっただろう。」(42頁)

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 「もし世界が精神的側面をもっているとすれば、人間はそれについての説明をただ自分自身の精神ないし心によってしか為しえないだろう。最初にかれ(注 人間)がやったのは、自分自身の人格性の諸要素を外的事物に投映することだった。それからギリシア人の想像力がそれらの要素をおし拡げて、完全に人間的な個性を有する擬人的神々をつくりあげた。だがギリシア人の知性は、遅かれ早かれ、そのような神々が実在しないことを発見しなければならなかった。かくして神話は自分自身を追い越して、精神的世界が存在するということそのことを信じがたいものにした。」(43頁)
 「自然学がひきだした結論は、精神界というものが間違った仕方で考えられていたということではなくて、そんなものは存在しない、原子から構成される可触的物体以外になにひとつ真実に在るのではないというものだった。そこに残された成果は、哲学者たちが唯物論と呼び、宗教家たちが無神論と呼ぶ教説だった。ソクラテス哲学は自然学のこのような唯物論的動向に対する反抗なのである。」(同頁)

※本書の大事なポイントの第三である