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イッセイエッセイ

914号 ヒルティ著作集10(人間教育)のエクストラクト(4)

2014年01月18日(土)

「老年について」(1897年)
 「人がまだ非常に若い間は、老年について語ったり書いたりしようと、全く自発的に思い立つことは、多分きわめて稀なことであろう。」(229頁)
 「生涯のいろいろな時期の中でも、特にこの老年という時期(・・)とその課題(・・)ほど、それについての人々の意見が、まちまちな時期はないという事情に、由来するのであろう。」(同頁 ※傍点小生)
 「しかし何が老年時代の課題であるか、この時期がそもそも一つの独立した目的(・・)を持っているのか、ということについては、意見は全くまちまちである。」(同頁 ※傍点小生)


 「古くからあらゆる民族に広まっている考えは、先ずさしあたり―それを告白するにしても、沈黙するにしても―老年は一つの避けることのできない禍いである(、、、、、、、、、、、、、、、、、、)という見方であった。」(230頁)
 「ギリシア人の次の格言は、もっとはっきりとこの方向を示している。『神々の愛する人は若死する。』」(231頁)
 「ゲーテのよく知られた次の言葉は、すでに悲しい響きを伝える。『青年時代に願うことを、人は老年になって満ち足るまでに持つ。』」(232頁)
 「(著者注記)人間の生涯は、若者が千本ものマストをつけて出帆したが、辛うじて救われたただ一つの小舟に乗って、白髪の老人として港に辿りついたのに似ている。」(233頁)
 「最も広く行われている方法は諦め(、、)である。」(234頁)
 「今までの人生経験をまとめて出版し、何らかの記念の年がめぐって来ると人々から祝ってもらう、といったような、普通に行われる、いくらか高貴な形における諦め。」(同頁)
 「世間はすべてこれらの諦めた人々を、たいてい外面的には親切に受け容れる。しかしあまり本気ではないのである。」(235頁)
 「実際より若く人から見られたり、青春の享楽をなお共に楽しんだり、あるいは同年の友―年長の友でないまでも―より長く生きのびたりすれば、それは彼らにとって無上の喜びなのである。」(237頁)
 「人間というものは、一般に言って、きわめて僅かの同情しか持っていないものである。」(238頁)
 「何らかの形における利己主義が、悲しくも(、、、、)老い行くことの唯一最大の原因である。」(239頁)
 「空しい仕事(、、、、、)、すなわちそこから何一つ永続的なものが後に残らず、人類に少しも本当の貢献をしないような、正しく(、、、)ない仕事を続けて来たということが、この原因の第二である。」(同頁)
 「最も輝かしい社会的地位が、いつも最もみのり豊かで、最も有益なものとは限らないということばかりでなく、骨の折れる仕事が、たとえばわれわれの学問的領域においてすらも、時には何の価値もないものであったことが、明らかになることもある。」(240頁)
 「かくて全生涯を一つの外的集団(、、、、)―それが国家であれ、あるいは教会であれ―の勝利のためにのみ(、、)捧げた人々はみな、彼らが賢明(、、)全く(、、)誠実であるかぎり、ほとんど常に不機嫌と失望の中に死んで行く。」(241頁)
 「〔訳者注〕(グレゴリウス7世は)皇帝ハインリヒ四世と鋭く対立するに至り、一時は彼を屈服せしめたが(カノッサの懺悔、一○七七年)、のち失脚し、流謫の地パレルモで悲憤の生涯を閉じた。」(242頁)
 「他方外面的には、ずっとよりつつましい仕事に一生たずさわっている人々の中に、非常な高齢に至るまで、曇りなき生の喜びを楽しむ人が稀でない。」(242頁)


 「(著者注記)過ぎ去った幸福も、一つの幸福であるにはちがいない。」(244頁)
 「(著者注記)もし誰かが高等学校(ギュムナジウム)最高学年(プリーマ)を、学校時代の最善で最も重要な部分と考えないとしたら、われわれはそれをまことに奇妙なことだと思うであろう。人生というものも、もしこれが一つの学校時代であり、さらに継続すべきものであるとすれば、これと同じである。」(247頁)
 「(著者注記)特に衆にぬきんでて生き生きしている老人たちの新鮮さ(、、、)は、彼らが多く休息し、よく養生したということから由来するのでは決してなくて、多くの仕事から、すなわち彼らが今もなお(、、、、)できるだけ多く働くということから、由来するのである。」(248頁)
 「『すなわち急ぐこともなく、休むこともなく』、すべてのあせりから自由であり、従ってまた張り詰めないで、生命を支え美しくするような仕事がそれである。」(254頁)
 「(著者注記)人は、これは特に学者たちに言うべきことであるが、すでになし終えた業績をあまり高く評価しないで、むしろ常に何か新しいことを、思想の中に持つべきである。これは人を(、、、、、)若く保つ(、、、、)。」(同頁)

(2010.5.28記)

 


 「多くの人々は、死ぬずっと前に、死んだも同然になる。生命の最も内なる中核において休息を持つために。外的には絶えず休息を放棄すること、これが解決されねばならぬ老年の問題である。」(261頁)
 「(著者注記)最善の実際的人生哲学は、変えることのできる一切のことにおいては雄々しくあること、変えることのできないことに対しては忍従、この二つを全く正しく結合したものである。」(263頁)
 「そのような人々は、ついに世を去るとき、あらゆる美しい哀悼の辞や記念碑にもかかわらず、本来また誰からも惜しまれはしない。しかし他方では、一人の年老いた日傭人夫や、一人の忠実な女中が、『私がもしいなくなったら、あなたはお困りでしょう』と言い得るとすれば、それはしばしば、つつましい生涯の正当な誇りであり、本来の報いである。」(同頁)
 「労働(、、)()はまた、それがなくなると、いつでも人から惜しまれる。ここではいかなる供給も、需要を上廻ることは決してない。」(264頁)
 「死とその後に来るものについても、多くを考えない。これは全くひとりでに来るものであり、『思い煩わない』のが一番よいのである。しかしそれが来れば、彼らは暇な人々(、、、、)としてではなく、忙しい(、、、)最後まで重宝な人々(、、、、、、、、、)として、戦士としての栄誉をもって―戦時公法の言うように『武器と行李をもって』―次の生に向って出発しようと望む。」(同頁)
 「希望(、、)は老年を支える力であり、老年にとっての正しい、その基底をなすしらべであるが、諦め(、、)はその医し難き、常に増大して行く弱みである。」(265頁)

(2010.5.29記)