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イッセイエッセイ

912号 ヒルティ著作集10(人間教育)のエクストラクト(2)

2014年01月18日(土)

「商業道徳について」(1900年)
 「人が商業道徳について語ろうと思うとき、起ってくる最初の問題は当然のことながら、そのような道徳がいったい存在するのかという問いである。」(99頁)
 「嘘は或る程度まで商売につきものであり、従ってこれは固有の道徳を持たず、また普通の道徳に従って動くこともない、と言うのである。」(同頁)
 「倫理的根本原則は、各人に明白な不利益をもたらすことなく、実行可能であるか否か。」(100頁)


 「商人はその偽りのゆえに、そして富者はその貪欲のゆえに、地獄におちるというのである。」(※アラビアの神学 101頁)
 「富が唯一の栄誉であり、従ってまたすべての人々の最も重要な努力の対象であるような国は、手のつけようのないほど腐敗しており、滅亡に定められているものとわれわれは考える。」(103頁)

※ブータンの国王はお金が全てではないと述べられた・・・

 「(著者注記)セネカ、キケロ、キモンは富のゆえにその声望を傷つけられたが、エパミノンダス、ディオゲネス、エピクテトス、洗礼者ヨハネが有名になったのは、その貧しさによるところが多い。(中略)きわめて偉大な政治家や哲学者にも、富はてんで似合わしくない。だから富める者はおそらくいつも(、、、)、人間的完成と神認識の非常に高い段階に達することを、断念しなければならないのである。(中略)もっとも『富』の概念は、時代によって非常に違っている。」(同頁)
 「すでに多かれ少なかれ合法的に所有している物を、しばしば奸策と暴力をもって、奪い取ることによる方がむしろ多いのである。だからこれは人間に対する、しかもしばしば、同国人とか同じ都市の市民のような、最も近い関係にある人々に対する戦である。(注)」(105頁)
 「(著者注記)人が富める人々からよりも、本来非常により多くの徳を、貧しい人々から要求することが、現代文化の最も悪い面である。」(同頁)
 「(著者の上記への注書き)多くの、特にアメリカ人の、『エネルギッシュ』に営業せよとか、『出世せよ』とかいうすすめは、その道徳的価値においてきわめて疑わしいものである。」(同頁)

※原著には大英帝国の当時の南阿戦争の不当があげられている。現在の世界共通の市場主義も

 「われわれの近代的共和国においては、富むこと以上に大きな(、、、、、、)栄誉はなく、教育も指導もほとんどこれに仕えるためになされており、もっと悪いことには、人がもし金というこの偶像に誠実に仕えて成果(、、)でも収めようものなら、他のすべての権威を時にはいいかげんに軽蔑することを許される、という有様だからである。」(107頁)


 「ほとんど自分たちの間だけで交際を持ち、いわば彼らの階級の中だけで、同じ人生観を持つ婦人とばかり結婚し、正式の一般的教養を身につける時間が全くないほど、若いときから『業務』の中に入って行かねばならぬとすれば、すべてをただ損得の勘定によって測るような、きわめて排他的『商人根性』が生れることは避けることのできない結果であり、他の人々もみな、そのような社会層に近づかないように用心をするがよい。」(108頁)
 「最後に、収入のある一定の割合(これは従って、収入の額とともに増加するわけである)を取りのけることに決め、一般的によい目的に捧げるということは、非常によい一つの方法である。こうすることは、隣人に対してそのように関心を持つことは義務(、、)であるという考えを、いつも忘れないようにさせ、さもなければますます疎遠になって行くであろう事物や人間に、人の心を向けさせる。(注)」(110頁)
 「(著者の上記への注書き)良い事においても悪い事においても、常に原則に従って行動しようと努めてやまない英国人は、『慈善は家庭から始まる』という、有害な格言を案出した。」(同頁)

※彼らの著作者の一人は皮肉って、「そしてそこで終る」とつけ加えた。

 「人は、悪いまたは他人に害を与えるような取引を行ってはならない。」(同頁)
 「終には人は、これはすでに存在しているのであり容易に変えることはできないからと言って、何もかも大目(・・)見る(・・)に至る。この凡庸きわまる立場に今日多くの教養人が立っているのだが、彼らはそれによって、みずから望むことなくして、悪の責任を共に担う者となっているのである。」(111頁 傍点小生)

※例えば賭博場

 「〔訳者註〕転売・買戻によって売買された・・・実際の資力よりはるかに大きな取引・・・ヒルティはこのような非現実的取引の危険をここに警告している」(112頁)


 「もっと悪いことは言うまでもなく常に、人間を搾取することである。」(123頁)


 「このことを(※全権主義、拝金主義の社会問題のこと)フェニキア、カルタゴ、ヴェニス、オランダ等のような、単なる商業国(、、、)はみな経験した。英国はいまこれを経験しつつある。単なる貿易と交通の繁栄は(、、、、、、、、、、、、)一国をいつまでも維持するものでは(、、、、、、、、、、、、、、、、)ない(、、)。このほかにももっと人は、興味と関心の対象を持たねばならない。」(151頁)
 「われわれはまた、ペリクレスがアテネについて言っているように、『自分の国の事柄を全然心にかけようとしない人は、平和な市民だと思ったら間違いで、そんな人間は無益の市民である』と考える。国家的諸問題を見ても、商人階級はいつも、ある措置がどういう金銭的利益(、、、、、)をもたらすかということばかりを考え、その措置がおそらく国家を危険にさらし、あるいはあとになってその報いをもたらすことなど眼中に置かないことが、今でもこの階級の持つ一つの危険である。」(154頁)

※「商人社会」が国家を危険にさらす問題として、ヒルティは外国から申込まれた関税同盟、あるいは自衛軍をなおざりにすること、費用の点から保険法に反対すること

(2010.5.27記)

(2014.1.12追記)