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909号 「悩みと光」(小品集)ヒルティ著作集8からのアブストラクト(3)

2014年01月16日(木)

 以下は前号につづいて。

(神経衰弱について)

 「不必要な(・・・・)保養は、必ず良心のやましさをともなうものであるから、精神的に有害(・・)であるだけでなく、肉体的にも百害あって一利ないのである。(中略)もしも彼らが家にいて適度に働いて務めを果していたとしたら、あるいは誰か他の人に保養をさせていたとしたら、かえって体力や心の均衡を見出していたにちがいあるまい。それゆえ、いっさいの利己主義がどんなに甚しく精神の力を弱めるものであり、また自我を取り去ることがすべてどんなに精神の力を高め活気づけるものであるかを自分で観察することこそ、概して注意すべきことなのである。」(163頁)
 「労働には働くことから自然に生ずる、自己以外の何ものかに対する関心、どんな仕事でも上首尾に終ったときに必ず湧きあがる喜びの情、いわゆる『社交』によってではなく、労働を通して(・・・・・・)のみ成立する健全な対人関係、労働と表裏一体を成す、節度ある生活態度全体がともなうからである。心身をあげてそれに従事し、他の事を考える余地を与えない適正な職業(・・)こそ、およそこの世で最も神経にとって健康なものである。」(168頁)


 「(著者注記)普通は前の晩のうちに翌日の仕事の手筈を整えておかねばならない。」(174頁)

※手をぬくと必ず仕返しに合う


 「戦争の勝敗はひじょうにしばしば、そして極く最近にいたるまで、指揮に当る人間と一般に行動する人間の平均数とにおける神経力の総和によって決せられた」(194頁)

※メディア時代、市場万能の世界における多勢に無勢、多数支配との関係は

 (訳者注記)「机上の理論家たちがしばしば夢想だにしない真の戦略的想定とは本質的には心理学的なもの(・・・・・・・)である、と述べている。」(195頁)
 「一緒に働かねばならない人間たちを前もって(・・・・)もっと立派にもっと強靭にしておかないと、政治において決して新しい善事を創り出すことができないという点である。」(196頁)

※「強靭化」の最も根本的な定義であろうか(最近の国土強靭化とのかかわりで)

 「(著者注記)キリストもまた政治的効果を考えようとせず、その民を何よりもまず(・・・・・・)内面的に作り変え(・・・・・・・・)ようと思った。つまり、通常の意味とは全く違った意味におけるイスラエルの王たらんと欲したのである。今日のキリスト信奉者の多くは、これと異なった考え方をしている。」

(2010.5.20記)

 

(病める魂)

 「だから実際、あらゆる存在の原因として、一つの知力ある原因、つまりは()を信じる方が、はるかに立派であり、また理性的でもあるのです。この霊というのは、まさに説明し得ないものであって、あらゆる事物の根源なのです。」(213頁)

※物事が回りめぐってやって来ることや、長い目でみると自分のしたことに対しバランスをとって禍幸の応報をうけることについて


 「こんにちの文化国民の生活が、それ以前の、より単純な、すなわちより健康な生活条件にくらべると、神経の過労におちいりやすい傾向がつよいということです。こうした以前の生活条件にすっかり立ち帰るということ、これは理性的にものを考えるすべての人の要請であります」(218頁)


 「(著者注記)近代人は、いわば『印象派』であって、すべて圧倒的と思われる気分に服従するのです。そして自分が多数派の一員であることを確信できる場合にのみ、自分を強いと感じるのです。」(226頁)

※目先のことにだまされることが多い時代である


 「昼に長い睡眠をとることは、一般に、神経の健康にとってよくありません。昼というのは病人にとっても仕事のためにあるものです。」(228頁)


 「まず自分の企てた仕事について、思いうかぶままにメモをとり、それを部門別にわけておくと、仕事は非常にらくに進みます。それから、そのメモがかなり完全に集まったと思われるようになったら、今度は最後的な選択と分類とにとりかかるのです。ついで、一部門ごとに仕上げをし、最後にもう一度、完全に修正を加えるのです。これは、病気でない人にとっても、精神的な方面の仕事をするためには最も有効な方法であります。」(230頁)


 「(著者注記)人間というものは、自分が自由に処理できるもの、自分でつかむことができるものによって満足をおぼえるのであって、その限界を越えるやいなや、それは人間にとって有害なものとなるのです。」(237頁)


 「(著者注記)『私たち(・・・)はこの問題をもっとよく考えてみましょう』、これは、神経病者のいろんな希望や意見にすぐさま同意できない場合には、彼らにとってほんとうに魔法の言葉となるのです。」(241頁)

一一
 「しかしこの社交ということも、少なくとも中年以上の人にとっては、けっして十時を越えてはならず、のびてもせいぜい十一時どまりにすることが必要です。夜を昼にすることは、昼の時間に何か仕事をすることを知っているすべての(・・・・)人々にとって非常にばかげたことです。」(253頁)
 「二、三枚の紙と一本の鉛筆は、ベッドのそばにおいておく必要があります。それは、かなりよくあることですが、夜なかや早朝に何か非常にいい考えがうかんだ場合の用意なのです。」(同頁)

※良い考えは何度も顔を出してくれない

 「なんらの目的もなく、また力の鍛錬にもならない不必要(・・・)な努力はいっさい避けること。だが義務はけっして避けてはならない(・・・・・・・・・・・・・・・)。この義務の回避は、肉体的に有利であるよりもより以上に魂をそこなうものなのです。」(254頁)
 「エピクテトスやマルクス・アウレリウスなどに見られる強烈なストア主義も、これ(※ 魂の喜びと平安)と似た効力を持つことは確かですが、しかしそれが効力を発揮するのは、非常に教養が高く、かつ、世路の艱難を経て円熟した人々の場合だけであって、しかもそれは、自分で非常な努力をしなくてはだめなのです。」(256頁)