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908号 「悩みと光」(小品集)ヒルティ著作集8からのアブストラクト(2)

2014年01月16日(木)

 以下は前号につづいて。

(演説について)
 「一番肝心なことは、内面に確信がある(・・・・・・・・)ということ、話し手と(・・・・)その語ることばとが(・・・・・・・・・)、完全に内面的に一致している(・・・・・・・・・・)ということである。」(79頁)
 「(著者注記)『十分わかっていることだけを話せ。専門家の言うことには、誰でもよろこんで耳をかすが、ディレッタントの言うことには、あまり耳をかさぬものである』ということだ。」(81頁)
 「(著者注記)何か理想的な仕事に打ちこむこと、何らかの進歩の軍隊に奉仕すること、これが人間として満足がいくばかりでなく、あまりに口数の少い、自分だけにとじこもった人間にならないための最上の手である。」(82頁)
 「どうしても発現しなければならぬという誠実な確信にもとづく内面的衝動(・・)を感じないような人は、全体として、人前で語ることを用心すべきである。」(83頁)

※話すべき内容を依頼された所要時間がいつも合わない

 「(著者注記)『しょっちゅうしゃべっているくせに、結局何も話してないといった人があるものだ』。」(同頁)

※座がよく保たれることはわるいことではないのだが

 「自分の個人的な持ち味を生かして(・・・・・・・・・・・・・・・)話すべきで、他人の真似は絶対不可、常に自分自身の人柄を完全に打ち出して語らねばならない。」(84頁)
 「自分が生れつき機知に富んでもいないのに、特別機知にとんだ(・・・・・・)演説をぶとうとすることは、多くの人に見られる悪いくせである。」(85頁)
 「不明瞭な発言(・・・・・・)は、矯正されうるものであると共に、矯正されねばならぬものである。一番よい矯正手段は、いい本を、しばしば音読することだ。」(92頁)

※口を一度閉めろ、口を縦にせよ、口でなくて舌でしゃべろ、語りかけよ

 「一番肝心かなめなことは、心の持ち方にある。この世でわれわれの行いが成功するかどうかも、一般に心の持ち方いかんによるのである。すなわち、話をするということは、何も自分のため、自分の利益のためではない、とりわけ自分の名誉に何かを加え、自分を高めるためではなくて、つねに他人のためであり、問題そのもののためである」(94頁)

※宣伝の多い演説、宣伝を結局感じさせてしまう演説

 「聴衆自身が自分で頭を動かすようにすること(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)しかもそれが続くように(・・・・・・・・・・・)講演者は努めなければならぬのである。」(99頁)
 「最上の準備(・・・・・)は、その題目を周到に考えぬくということである。」(101頁)

※演説の密度はどの程度が適当なものなのか

 「『職業上、あるいはその他、何か話さねばならぬ義務がないかぎり、絶対に(・・・)話さない』というのが、目的にかなった、誰にでもあてはまるひとつの原則と言ってよいだろう。演説を手軽に考えて、機会あるごとに発言するといったあやまちを犯す人が非常に多い。」(105頁)
 「遺漏(いろう)なく完全であるということは、講演の第一の要件ではなくて、言ったことが正しく、分かりやすいということが第一に求められることなのだ。」(106頁)
 「講演では、あまり重要でないことは、声の調子をいくらか変えて言う必要がある。」(108頁)