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905号 易経について(2)

2014年01月14日(火)

 以下は前号につづき、易経について。

○補説
 同じく「易経講話」から、基本的事項についての要約を追加する。

(中と正)

○ 八()(あるいは八())は三つの(こう)を陰陽の組合せとして重ねてできるものである。次のような二掛け二掛け二の合計八種の名称(シンボル)が対応する。
 すなわち、(けん)(てん))○○○、()(たく))●○○、()())○●○、(しん)(らい))●●○、(そん)(ふう))○○●、(かん)(すい))●○●、(ごん)(さん))○●●、(こん)())●●●である。
 この陰陽の組合せによる三つの爻の順列から生じる八種類の卦、すなわち八卦を「小成の卦」と言う。この三つの爻をさらに二つ組み合わせると、上の卦(外卦ともいう)と下の卦(内卦ともいう)あわせて六つの爻からなる卦ができる。これを「大成の卦」と言う。全部で六十四種となる(卦の数は六十四卦、なお爻の数は三百八十四爻)。
 易では一番下を初爻、一番上(六番目)を上爻と言うように、下から数えて積み上げて行く。

○ この六爻(六画)の下から二爻目と五爻目―()()○○()()は、卦においては「(ちゅう)」(中庸)の徳を現わすものとされている。
 また約束として、この六爻は、下から交互に陰陽の位置があり、「陰陽陰陽陰陽」―(上)●()●○()○(下)という便宜の順が決められている。その陰と陽の位置にそれぞれ陽と陰がいることが「正しい」。陰の位に陽が居ることや、またその逆は正しくない。
 よって、下から「二爻目の陰」と「五爻目の陽」は易では尊ばれ、中にして正すなわち「中正の徳」として得がたいものとされる。出現の確率は六分の一である。なお易では、「中」(位置)の方が「正」(陰陽)よりも尊いとされる。
 八卦を人倫に配当すると、乾(父)は〇○○、兌(少女)は●○○、離(中女)は〇●○、震(長男)は●●○、巽(長女)は〇○●、坎(中男)は●○●、艮(少男)は〇●●、坤(母)は●●●、となる。
 さらに八卦に、その持っている徳(性能)を当てはめると、それぞれ、乾(健)、兌(説)、離(麗)、震(動)、巽(入)、坎(陥)、艮(止)、坤(順)となる。
 易の考え方は、多数決ではなく少数決の原理に立つ。数の少ない者が、勢力があり主になる。

 上述のとおり三画の卦、または六画の卦(この場合は二つの爻を一つとしてみる)を上・中・下と三つの位に分けて、「天・地・人」として見ることがある。陽を「(きう)」、陰を「(りく)」ともいう。
 六爻はつまるところ、(中にして正)>(中なれど不正)>(中ならざれども正)>(中ならず正ならず)、の位置に分かれる。

 

(応と比)

○ 易にいう「中」とは、世にいう中庸、すなわち感情を抑え控え目になすことではない。なすべき時にふさわしい事をなすという意味である。しかし、ただ一人の中正の徳だけは事はうまく運ばず、したがって孤立することなく、全体の中で事をなす必要がある。これを表すものが爻の「応」と「比」の考え方である。
 「応爻」とは、例えば、下の卦の下爻(初爻)が上の卦の下爻(四爻)と、相応するかを見ることをいう。
 これが陰・陽の関係であれば互いに助け合う。その逆で、陰同志あるいは陽同志であれば、助け合わない関係となる。以下、二爻目と五爻目、三爻目と上爻、が「応有り」として相応するべき関係にある。○○○○●○
 その中でも特に易で重要なのは、「中」の位置にある二爻と五爻との関係である。
 次に「比爻」であるが、これは相(したし)む爻のことである。ある爻の上か下か隣の爻が互いに陰陽の関係にあれば、相助けるのであり「比有り」という。とくに重要なのは四爻と五爻の関係であるとされる。○○●○○○
 易では「応」と「比」については、遠くにあって応ずる爻すなわち「応爻」の力が、隣り合う爻「比爻」よりも強いと考えている。
 孔子には信奉する弟子が三千人あったとされるが、孔子の才能を発揮させる人が上にいなかった。この点からいえば、「比する爻あれども応ずる爻なし」、ということになる。この逆についても、人世に当ててみればあるのである。また、不出世の英雄がいて且つこれを補佐する賢臣ありといえども、事がうまく運ばないこともあり、歴史上少なからず例がある。これは「中正の徳」があっても、時代の悪さや国の情態の善からぬことがあって、全体の卦、の性質が悪いことからそういう結果になるのである。

(貴賤の位)

 さらに卦には、「貴賤の位」という知っておくべき約束事がある。初爻が最も身分が低く、上にゆくほど身分が貴くなる。
 その昔の時代でいえば、初爻は庶民や平民、二爻目は士や低い官吏、三爻目は大夫の位や上級の事務官、四爻目は公卿や大臣宰相・諸侯の位、五爻目は天子の位(これが最も貴い)、上爻(六爻目)は位が無い尊い人、すなわち大上皇や王公に仕えない隠君子、とする(注 以上の貴賤の観念は、易の時代の意識を反映しており、現代においてはとらわれる必要がない)。

(互卦) 

 六画の卦において、二・三・四爻目、また三・四・五爻目でできる一つの三画の爻を、それぞれ「互卦(ごか)」と名づけて、別に切り離して見る場合がある(後世において出てきた考え方)。またこの二種を合わせて六画の爻を作って見ることがある。それを「互体」という。●○●○○○→○●○●○○

○序卦伝上篇(三十卦)

 「序卦伝」は、易の輪郭的な概念を、各卦のつながりにおいて述べる。以下は、ごく簡単につながりの順序の考え方だけを記す。(「易経講話」から)

(1)~(3)、(1)乾○○○○○○/(2)坤●●●●●●/(3)屯●○●●●○

 周易の最初に(1)(けん)(天)の卦が置かれ、次に(2)(こん)(地)の卦が置かれ、その次が(3)(ちゅん)(水雷屯)の卦が置いてある。
 天と地があって、しかる後に万物が生ずる。屯は止まり集まる、充満している(()つる)意味である。

(4)蒙(山水蒙)○●●●○●
 (ちゅん)の次に(もう)が置いてある。「(さん)(すい)(もう)」の卦がある。まだ蒙昩、蔽われている情態である。

(5)需(水天需)●○●○○○

 次に(じゅ)の卦、「(すい)(てん)(じゅ)」の卦がある。待つ求めるとかいう意味である。

(6)訟(天水訟)○○○●○●

 次に(しょう)の卦、「(てん)(すい)(しょう)」の卦がある。人間が欲しいと思うものがあるときは、必ず争いが起り訟が起る。

(7)師(地水師)●●●●○●

 次に()の卦、「()(すい)()」の卦がある。争闘・訴訟は、必ず大勢の人が一緒になってこれを行うことになる。師とは戦争であり衆である。大勢の人が争うのである。

(8)比(水地比)●○●●●●

 次に()の卦、「(すい)()()」の卦がある。大勢の人が集まるときは、必ず人と人とが相互に親しむことになる。

(9)小畜(風天小畜)○○●○○○

 次に小畜(しょうちく)の卦、「(ふう)(てん)(しょう)(ちく)」の卦がある。留める、貯えるの意味であり、多くの人が相親しみ和合するとき、必ず貯蓄することができる。

(10)履(天沢履)○○○●○○

 次に()の卦、「(てん)(たく)()」の卦がある。衣食足りて礼が行われる。履とは礼儀である。

(11)泰(地天泰)●●●○○○

 次に(たい)の卦、「()(てん)(たい)」の卦がある。礼儀に叶ってしかる後に安泰である。泰とは通ずることであり、上下の意思、徳沢、事情が疏通するのである。

(12)否(天地否)○○○●●●

 次に()の卦、「(てん)()()」の卦がある。いわゆる治が極まれば必ず乱を生ずる。否は塞がることであり乱世の情態である。

(13)同人(天火同人)○○○○●○

 次に同人(どうじん)の卦、「(てん)()(どう)(じん)」の卦がある。同人というのは多くの人が心を一つにして協同することであり、一緒になり乱世を平定することができる。

(14)大有(火天大有)○●○○○○

 次に大有(たいゆう)の卦、「()(てん)(たい)(ゆう)」の卦がある。協同し私心なくして人と一致するとき、多くの人や物が帰服し服従する。大有とは、たくさんのものを持っている(富有)の卦である。

(15)謙(地山謙)●●●○●●

 次に(けん)の卦、「()(ざん)(けん)」の卦がある。満つれば必ず欠けるので、得意になって威張っていることはできない。謙というは謙遜であり、小さくなってへりくだることである。

(16)豫(雷地豫)●●○●●●

 次に()の卦、「(らい)()()」の卦がある。持っているものが多く、よく謙遜であるときは、失うことなく安泰である。豫は悦び楽しむことである。

(17) 随(沢雷随)●○○●●○

 次に(ずい)の卦、「(たく)(らい)(ずい)」の卦がある。自分が悦び楽しむとき、必ず随ってくる者が少なからずある。そして自分も人に随い互いに随うのである。いわゆる笑う門には福来るである。

(18)蠱(山風蠱)○●●○○●

 次に()の卦、「(さん)(ぷう)()」の卦がある。悦び楽しんで人に随うときは、必ず善いことか悪いことか、いろいろな事故が出てくる。蠱は器物の上に虫がたくさんいる形であり、いろいろな事故、事変をあらわす。

(19)臨(地沢臨)●●●●○○

 次に(りん)の卦、「()(たく)(りん)」の卦がある。事をうまく治めることによって始めて大きなことができる。無事泰平ばかりあるときは、大きくなることはでき難い。事故無しに大きくなることはでき難い。いろいろな事故がある度ごとに、人間も大きくなる、国も大きくなる、文明も進歩するのである。臨とは高い所から低い所を見おろしているのであって、高く大きいことである。
 地が沢に臨んでいる。臨の卦とは人事について言えば、高位の者が臣下人民に臨んで統治するところの道をとく。四つの陰爻は位を以って下の陽爻に臨み、下の陽爻は徳を以って上に在る陰爻に臨んでいるのである。とくに第二の陽爻が最も重要なる爻である。
 今の暦の一月(旧暦十二月)をあらわし、陽の伸びる勢の大層盛んなる時である。陽二と陰五が相応じて、下の者が和悦の徳をもって進み、上の者が柔順にして、よく受け入れてうまく運んでいく。(※以上は、当時の2012年用として、ややくわしく引用したものである)

(20)観(風地観)○○●●●●

 次に(かん)の卦、「(ふう)()(かん)」の卦がある。地沢臨をさかさまにした卦である。物や道徳や事業が高く大きくして、しかる後に四方から仰ぎ観ることができる。

(21)噬嗑(火雷噬嗑)○●○●●○

 次に噬嗑(ぜいこう)の卦、「()(らい)(ぜい)(こう)」の卦がある。外から合同して一緒になろうとする。そのとき賛成しないもの障害になるものがあるのを、噛みくだいてぴったりさせることをいう。

(22)賁(山火賁)○●●○●○

 次に()の卦、「(さん)()()」の卦がある。人と人とが合同するには礼儀をもって順序立てて合同しなければならない。賁とは美しく物事を飾りととのえる(文飾する)ことをいう。

(23)剝(山地剝)○●●●●●

 次に(はく)の卦、「(さん)()(はく)」の卦がある。うわべの礼儀が行きすぎると、贅沢となり誠実はなくなり、行きづまってしまう。剝とは物がはぎとられて尽きてしまうことであり、文飾の極は上下ともに困窮に至るのである。

(24)復(地雷復)●●●●●○

 次に(ふく)の卦、「()(らい)(ふく)」の卦がある。陰気がはなはだしく盛んで、天下皆腐敗し、上中下流の社会みな道徳を忘れ、上流の極めて少数の人が道徳を知っているだけの情態の時代である。ごく下層(必ずしも貧民という意味ではない)に自力更生がはじまりだし、一陽が生じるのである。聖賢英雄が下層の階級から出てくるのである。根底から革新してゆかねばならないのである。(注 世にいう一陽来復のことか)

(25)无妄(天雷无妄)○○○●●○

 次に无妄(むぼう)の卦、「(てん)(らい)()(ぼう)」の卦がある。根本に立ち返り本心に復るとき、一点の妾念邪念も無く至誠真実なのである。

(26)大畜(山天大畜)○●●○○○

 次に大畜(たいちく)の卦、「(さん)(てん)(たい)(ちく)」の卦がある。至誠真実なる徳があって、しかる後に物を大いに畜えることができ、大事業ができるのである。

(27)頤(山雷頤)○●●●●○

 次に()の卦、「(さん)(らい)()」の卦がある。大いに物を畜えることにはじまり、しかる後に養うことができる。頤とは、あごの字でおとがいを動かして食べて肉体を養うことで、体、心、部下、人民を養うことである。

(28)大過(沢風大過)●○○○○●

 次に大過(たいか)の卦、「(たく)(ふう)(たい)()」の卦がある。大いに養うときは大いに動くことができ、大きな道徳才能をもって大事を行うことができる。

(29)坎(坎為水)●○●●○●

 次に(かん)の卦、「(かん)()(すい)」の卦がある(注 水と坎(水)のような同類の上下卦組合は8種類あることになる。水水○とは言わず「為」によって両語をつなげるが、通俗には水難の相か)。やはりやり過ぎると失敗して艱難困苦の中に落ち入るのである。坎というは穴の中に陥ることである。

(30)離(離為火)○●○○●○

 次に()の卦、「()()()」の卦がある。穴の中に落ち入るときは必ず何かに付くことがある。離は何物かにくっ付いていることであり、險難の中から浮び出すことができるのである。復活し再興すべき道があるのである。