西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

894号 ローマ史論 第一巻(十一章~二十章)

2013年12月13日(金)

 今までどんな立法者でも神力の助けを借りないで、何か特別な國法を制定したことは一度もない。さうしなければ世人を納得させられなかつたからである(第十一章からの一部引用、以下同じ)。

 神威とそれによる「誓い」を守ろうとするローマ人の気持は、法律や愛国心の力によるよりもまさっていた。(人間は昔も今も同じ法則に従って生きていると、マキアヴェルリは考える)

 敎會は全イタリアを占領するには力が足りないし、といつてほかのものがそれを奪ふのを邪魔するだけの力はあるといふ有様なので、ただひとりの主人の下に統一されたくてもそれができず、相變らず何人もの君主や領主に治められるといふ成行きになつている(第十二章)。

 マキアヴェルリは、ローマ法王庁の数々の惡例が、そのもっとも近くに住むイタリアを不信心かつ不幸にしていると考えた。

 十三章でマキアヴェルリはローマ人が国政改革の遂行にいかに宗教をうまく利用したかの数例を挙げる。平民が新しい護民官を平民からほとんど選んだので黒死病が発生した、城攻めの際にある湖が洪水になると必ず陥落できるという噂を流したこと等(この第十三章は一部を要約)。
 鳥トを立てて神意を伺ふといふのも、畢竟、つはものたちを激勵して確信を懐かせ、戰場に突進させるほかに何の目的もない。確信は常に勝利を齎す(第十四章)。
 (ローマの敵軍のサムニウム人も)勝利は殆んどすべてが軍兵の頑強な粘り強さによつて左右されること、さうさせるために一番たしかな手段は宗敎の力を借りることだと承知していた(第十五章)。

 マキアヴェルリは、信仰を正しく使えば、どんな確信でも懐かせることができることを強調している。

 君主は元來、人民が自由を回復しようといふ要求については、その一部分しか滿足させてやることはできないのだから、彼らがどういふわけで自由を要求するかを、よく糾明しなければならぬ(第十六章)。

 マキアヴェルリは、廃頽していない人民は生活の安定を求めるからこそ自由を望んでいると見て、法律制度を作ってこれを守り通せばうまく行くと考える。

 人民大衆が健全ならどんな國でも内輪もめにしろ騒動にしろ惨害を生ぜしめることはない。しかし大衆が腐敗してゐるときは極めて見事な法律でさへも無力になり、勇猛な人士が腕づくで法律を守らせ、その惡風の根絶に努めなければならない破目になる(第十七章)。

 人民の腐敗と自由のなさは、国のなかにある「不平等」が原因になっているためであり、これを打破するためには荒療治がいるという。

 腐敗した人民には健全なひとたちに對するのとは違つた制度が必要で、同じ形式では、がらりと違ふ事情に適し得べくもない(第十八章)。

 腐敗した都では、改善も革命もそれぞれ困難があり、共和制の樹立もできず、むしろ君主制に左袒したい気持だという(共和主義に妥協を混じえている)。

 偉大な天分を有つ君主の後なら弱い君主でも國を治めて行けるが、勢のない治世のあとを承けて、同じやうな君主が出れば、その國がフランスのやうに古來の國憲によつて支えられてゐなければ、さう永くは存續しない。ここに勢のない君主といふのは、戰さの駈引を心得てゐないものを指す(第十九章)。

 ローマのロームルス、ヌマ、ツルルスの三代、イスラエルのダーウィード、ソロモン、ロボアム、同時代のメフメット、バヤジット、セリムのトルコ帝国の豪勇王、賢君の例をひく。
 本朝でいえば15世紀前半、室町幕府の六代将軍を、石清水八幡で「くじ引き」で決めて足利義教を選んだ例などが悪例か。しかし結局、三尺入道の赤松満祐に暗殺さる(嘉吉の乱)。

 (勇猛君主が数代つづく利益は大だが)かういふ利益は、共和國での参政制度の方が遥かに大きい。その國々での選擧制度は、たゞ僅かに二代の賢人だけでなく、無限に有徳の元首を推擧することができる。つまりよく組織の整つた共和國では、いつも幸福な相續が行はれるわけである(第二十章)。

 弱悪な国王を追放してのちのローマは市民の自由な選挙によって、いつも都きっての有徳の士が指導者となり、国運は隆昌したという(マキアヴェルリは共和主義論者)。

(2013.12.8 記)