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イッセイエッセイ

890号 孝行と健康

2013年11月29日(金)

 江戸時代の人々、とくに庶民が広く心がけて実践していた行動原理は、なんといっても「親孝行」であったらしい(「落語・講談に見る『親孝行』」勝又基・明星大学准教授 NHKラジオ第2)。
 その時代において「孝行」は何にもまして奨励され、世の中あちこちで孝行談がもてはやされた。ともかく、「孝行」は庶民にとって異論をはさむことの考えられない社会の基本、最高の倫理であった。そして「孝行」は「忠義」に通じ、赤穂の浪士たちの仇討ちが太平の世の快挙として今にも伝えられているのは、そのかすかな名残りである。
 「親孝行」が江戸の庶民に大きな関心を呼ぶ話題であったのであり、また堅苦しい社会拘束とだけ考えられていたのではなく、「孝行」をタネにして人々は打ち興じたり驚いたりし合ったといわれる。
 しかしこの「親孝行」という文化は江戸の文化であり、現在の我々の文化とは連続性がなく、断絶した文化であるというのが学問上から見た意見のようだ。
 では今のわれわれの文化は何なのか、この江戸の「親孝行」に相当するような世間共通の社会規範、あまねく万人に関心のある価値対象は存在するのか、という問いは発してみて面白いテーマである。
 大道廃れて仁義あり、かつての「孝行」のようなモラルはどこにも見つからない。学校で来年から教えようとしている「道徳」については、メディアには役に立たないのかすこぶる不人気な報道ぶりである。今の世の中は自制という観念がなく、何でも有り、そして世の中にそれが通用し、そのことをおかしいとも思わない風潮である。
 「孝行」にかわって現在の我々が関心を向け実行しようとしている一大目的たるもの、それは「健康」であろう、というのが先のラジオ放送を聴いての感想である。体のあちこちの検査数値、あれこれの薬、散歩の仕方や食べ物の良しあしなど、自分たちの内向きの健康のことばかりを話したり試行したりしているのが、老若男女をとわず現代人の習性である。関心はモノからココロに行っているはずなのに、実際はココロからカラダなのである。最近チャンネルの増えたテレビのコマーシャルは健康薬品や美容製品だらけであり、自分の健康への孝行が平成の文化なのである。

(2013.11.27 記)