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イッセイエッセイ

886号 食前服用薬

2013年11月25日(月)

 大抵の薬は、われわれの子供のころからの体験から言っても、食後に服用すべきものがほとんどである。家の常薬を例にとれば、熊の胆のような黒い苦味のある堅いかけらの胃薬は、油の濃いものを食したあとに飲むものである。
 しかし偶に、食前に服用すべきであるという医薬もないわけではない。物を食う前に服用すれば胃腸の調子がよくなる、という健康薬を教えてもらって先日その効果を試そうとした。
 ところが朝昼晩と食事の方は忘れずにいるのに、この数日間、事前に一度も服用を思いつくことが出来なかったのである。したがって未だ食前に飲めない儘にいるのである。
 そのうち何回かは物を食った後で、あれいけない忘れてしまった、と想い返すことができたのだが、それ以外はそのことを思うことさえなかった。内心に切実感を欠くからかとも思いながら、どうしてこうした忘却心理が生まれるのか、我ながら一度よく考えて見なくてはと反省した。
 寝食を忘れるという修辞はあっても、腹は日に三度減り食い意地の方は張っているのだから、生まれてこのかた食事は忘れることのない一大習慣である。薬もふつうに食後に服用ということであれば、大事が終った後の動作であるから、ほとんど忘れるはずがない。しかし食前に飲むとなれば大事の前の小事、例えば手洗いの前にハンカチを出しておいたり、夏の畑仕事に蚊取線香を忘れないようにする周到さであるから、どうしてもこういう細かい動作は忘れるものだと考えてみた。しかも、不実行に気づいた時はすでに遅し、本来の食事の方は終っているのである。時間の逆戻しをしない限り食前服用薬とはならない相談である。
 かくのごとく事前の用意はむずかしい。重要なことを実行する際に前もって行うべき行為を、あらかじめ準備することは、目的にとらわれる人間にとって極めて苦手な仕事である。大事の成就のために小事の用意の習慣をもてないのは人間の盲点である。もし事前にこれを習慣づけられることに成功したならば、自分を褒めてやらねばならない程のことである。

(2013.11.17 記)

 その後、とくに気を張って二、三度うまく食前に薬草を飲むことができたのであるが、しかし半日もすると胸が高鳴ってきて、こんなに他のところにも薬が利きすぎては、時々忘れたりした方がよいのかと思う。

(2013.11.23 記)