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イッセイエッセイ

878号 あみだ籤と人生

2013年10月17日(木)

 若くして亡くなった地方在住の二人の作家、野呂邦暢と長谷川修が交わした往復書簡集を手にした。そしてまず冒頭のグラビアのアルバム(これは僕らの時代の写真に似ている)や作家としての年譜をながめた。その時どうした訳かわからないが、ふと頭の中に「あみだくじ」という場違いな言葉が浮んできた。生い立ち、受験、仕事、結婚、出会い、受賞の成否、病気、死など、年譜に従って二人の身の上にさまざまに生じてきた出来事を斜読みするうちに、そういう連想に至ったのかなと思う。
 「あみだくじ」のどれかを選択するとき、偶然と必然の混じったような気分の中で当り外れの最終点に向って、なぜ重複も空白もなく到達してしまうのか、ということに疑問感じたのである。
 現在の作家達もそれなりに苦労はしているのだろうが、この戦前生まれの作家たちは戦争のことも若いながらに憶えていたはずであり、不便な時代の地方にいて不自由をしたはずでもあり、何やら自分たちの兄貴分に対すような二人の苦労を感じた。そして目の前の文学の世界から一休みして、算数の遊びの世界に時間移動した方が、精神衛生によいわなと考えてしまった。
 「あみだくじ」の簡単な梯子図を書いて、これが人生と関係するほどのモデルなのかどうか、読書を放ってあらぬ方向に脱線し暇をつぶすことになった。
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 最初この作家による対話のように、一番単純な形の2本の縦線でできた梯子モデルを作る。そうすると、横線をその間に任意に何本(段)引いたとしても、一段ごとにAとBが互いに入れ替って相手の縦線に乗り替わることが一目的にわかる。つまり横線は一種の通用路であって、隣合った二人はたえず左右逆向きに相手の縦線のコースへ移動せざるをえないことがわかる。ためしに4、5本の縦線の「あみだくじ」を作って演習してみても、どの横線においても必ず一度だけ使われて、互いに反対方向に入れ替ることがわかる。
 しかし、全く使われない横線はありうるのか、何度も使われる線はないのか、そんなことは無いようだがごく当り前の疑問を、直観的に解消しなければならない。そこで「あみだくじ」構造を視覚的に一般化する形にして、原理を理解することにする。「あみだくじ」を実際に引く時ように、自分がその一人の選手になってしまうと、一般解から離れるのでそのような着目の方法はとらないようにする。
 そこで梯子の一番低い横線の初めのところから、徐々にX軸の横の仮想ラインを上へと引き上げてゆく。すると順番に低い方から一本ずつ横線が、このラインの直上に近づいて現われる。そこで「あみだくじ」の規則に従って上へ上へと線をたどる必要があるので、最初に隣合う同士の例えばCとDはその横線を使って左右に場所を交換せざるを得ない。CとDはDとCという形になって縦のラインの相手の場所を占める。次にもしAとB間の横線が現われれば、BとAに入れ替わることになる。この試行のくり返しにより、最後の横線まで順々にクリアしていくことになる。その間にたえず隣同士が入れ替わり、どの状態でも全ての選手が、どの縦線かを独立して占めている状態にあることがわかる。そしてその一番上に到達して、もはや横線がなくなった状態の最終形が、「あみだくし」の当り外れの決定場面であることがわかる。実際のくじの引き方では、一人ひとりが独立してジグザグの線を辿るように見える。
 この応用として、横の一本線をX形の線にし、互いに最初の任意の1回だけは、X形の交点から思いなおして元の自分の線に引き返して戻っても良い(誰かがそうすればそこに来た誰かもそうせざるをえなくする)というルールにすればどうか。「あみだくじ」らしい運命性は減退して、迷った末に自分の本来の道に戻ることができ、逆に他人の都合で選択がじゃまされる、といった任意性の混じったより人生的なゲームに少しだけ近づく形になる。
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 長谷川よりも十年後輩の野呂の方が芥川賞をとり、長谷川修(1926年-1979年)が没した翌年に野呂邦暢(1937年-1980年)が追うように亡くなっている。

(2013.10.6 記)