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874号 年縞について

2013年10月06日(日)

 三方五湖の水月湖の湖底に堆積している五万年間の「年縞」が、地質的、歴史的な遺物の年代を決める世界標準に正式に決定した。これは国際的な研究者グループ「IntCal(International Calibration)イントカル」が水月湖のデータを採用することに合意したことによる。東京で今週の9月30日に中川毅教授(英ニューカッスル大)、米延仁志准教授(鳴門教育大)、山根一眞氏(県文化顧問)と小生も出席して、記者会見を行った。
 何千年、何万年もの長い時間を計る「時計」や「物差し」については、これまで地質学の分野で独自の学問的努力が行なわれているが、その測定精度については人間が勝手に作れるものではないので限界がある。これまで世界で広く用いられている方法として、「放射性炭素(14C)年代測定」が知られている。これは大気中の微量の14Cが光合成と食物連鎖を通して生物の体内に固定をされ、この14Cは一定の速度でゆっくり放射能を出しながら崩壊し減少して5730年ごとに半分になる。したがって、生物の遺骸の中に残存する14Cの量を測ることによって、その生物が死んでから何年たっているかが判明する。つまり14Cの減量の程度によって遺骸を含む地質の古さがわかるのであり、これが(14C)年代測定の原理である。地質が規則的に層になって積み重なっておれば連続的な年代測定が可能となる。ただ大気中の14Cの量は地球の時代によって一定ではなく、たえず変動しており、14Cが元にどれぐらいあったかは、必ずしも確かではない。したがって、単に残存する14Cの量だけ(・・)から個別に求めた年代測定は必ずしも正確でないことになる。現代から遡り1万3000年ほどの間に関しては、樹木の年輪がもっとも有力な材料となり、ある種の換算表を作ることにより年代の測定が可能である。しかし、それ以上古い材料は入手ができないので限界があるということになる。
 それを超える年代の測定は「年縞堆積物」によることが有効であり、一年ごとに薄い一枚ずつの縞の層になって水底に積っている堆積泥に含まれる化石を用いて14Cによる測定ができる。
 水月湖の年縞が発見される以前は、これまでベネズエラのカリアコ海盆(比較的平坦な深海底)の年縞堆積物が測定に使われていた。また浅海のサンゴも併用されていた(ウラン・トリウム法)。しかし、海水中には古い炭酸ガスがあって大気由来の炭酸ガスと混じり合うため14Cの値が古い方にずれる難点があって、推定値が数百年の不確かさを生むことになっていた。
 水月湖の湖底の年縞堆積物(周辺に生育した樹木の葉が含まれている)は、地形的な偶然と自然条件にめぐまれ、7万年にわたる堆積が途切れなくたまっており、その厚さは45メートルにも及ぶ。このような標本をもつ湖は世界に類例がないのである(国内では秋田県の一ノ目潟がこれに次ぐ)。
 水月湖での湖底の採取と科学的な測定は、1993年から安田喜憲(国際日本文化研究センター名誉教授)、北川浩之(名大教授)によって進められた。そして2006年からは中川毅(発表者)によって完全なボーリングコアが採取され、その成果が昨年の2012年10月19日に米「サイエンス」誌に掲載された。
 研究に用いられる実際の14C年代の「換算表」(較正モデルと呼ばれる)は、国際的な合意に基づいて解釈が統一される必要がある。そのモデルは、イントカルIntCal較正曲線と呼ばれ、1998年に最初のものが提案され、以来2004年、2009年と更新を重ねてきた。今回、水月湖のデータがIntCalに初めて用いられ、従来のものとは理論的、理念的に一線を画すことのできる理想データに近いものであり、IntCal 13として公に採用されることになった。
 なお学問上の習慣として、データは1地点のデータにのみ過度に依存することを避けるという原則があり、IntCal 13には他地点のデータも組み合わされている。しかしデータとしての「数」、「重みづけ」の係数(決定力)、データの「純粋さ」(素性)の点で、水月湖の年縞は「存在感が圧倒的」であることが明白である。
 今回インターネット上に事前に発表された学術誌「Radiocarbon放射性炭素」(間もなく正式の雑誌となる)の表紙は、日本の浮世絵が図柄として使われ、日本からの決定的な貢献を表わしている。
 一方、環太平洋の環境文明史を共同研究している青山和夫教授(茨城大)は、中米グァテマラのマヤ文明・セイバル遺跡などを垂直発掘による測定を行い、ウイグル(wiggle)と呼ばれるクネクネした動きのIntCalの曲線にあてはめることにより、同文明の各遺跡の継続期間の前後を明瞭に特定し、従来の有力説を修正する業績を上げてきている。この成果も2013年4月26日付の米科学誌「サイエンス」に掲載され、表紙を飾っている。
(以上、都道府県会館における中川・米延両氏の記者発表の資料・2013年9月30日から要点をまとめた)

 この秋の台風18号(9月16日)により、三方湖、水月湖は水害にあい、数日間にわたり2mをやや超える水位の上昇を経験することになった。三方五湖の防災対策、そしてこの水月湖の年縞の保存・活用を、どのように折合いをつけて双方の課題に適切に答えを出すかがこれから問題となる。なお、今回の発表において中川教授は、過去の気候変動や災害を知る上でも大きな役割を果たすとし、「例えば今回の台風18号による水害は、少し分厚い白っぽい層として記録されるだろう。年縞を調べることで災害の履歴をあぶり出すことも可能で、将来にわたっての防災計画策などにも大いに役立つはずだ」と述べている(2013.10.1福井新聞1面 「水月湖『年縞』世界標準に」の記事から)。

(2013.10.5 記)