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イッセイエッセイ

866号 地質・地形・地震

2013年09月25日(水)

一 専門家の心構え
 ブレヒト作「ガリレオの生涯」を読んだ。16世紀から17世紀にかけての魔女狩りや狼男などの迷信の流行、ローマ教会の異端審問の強迫の下で、コペルニクスやガリレオの苦悩の中からヨーロッパ科学革命がなしとげられてゆく様子が描かれている。そして、近代の今日までの科学的蓄積の結果、天文学はいまや国際的な観測体制を展開しており、地球の起源もふくめ無限に広がる宇宙の謎に挑戦している。
 こうした天文学の伝統と比較して、地上の地震に関連した諸学の発達の程度はどうかと言えば、残念なことにほど遠い伝統ではないだろうか。ウェーゲナーが提唱した大陸移動説から半世紀余りを経て、1960年代後半からようやく発展してきたプレート・テクトニクス理論(プレート変動論)は、門外漢がみても、科学的な学問上の蓄積と経験が未だ十分ではなく、未熟な段階に見える。
 今年の2月6日に、文科省の要請をうけて調査をしていた東大地震研究所などの研究チームが、東京・立川断層の調査結果を発表した。関東直下型地震の際には、立川地区が防災拠点にもなるのであるが、この地域の断層が縦ずれ逆断層型(従来説)ではなく、横ずれ型の可能性が高いとして「激しい揺れになる地域が広がる可能性がある」と報道陣に見解を示した。
 その後に公開現場を実際に見た土木関係者が、断層の証拠と発表した岩石のような塊は、セメントの人工物ではないかとの疑問をつけた。研究代表の佐藤教授(構造地質学)は、3月28日に至って「社会的に誤解」を与えたとして、説明の訂正をした(いずれも読売新聞記事、NHK報道)。
 その中で「研究者は何年もかけて調査計画を立てる。(断層を)見つけたいという強い思いがバイアスになって『見たいものが見えてしまった』ということだ」と述べている(3月29日産経新聞)。
 このように地震に関連した地質学や変動地形学の分野は、社会的影響が大きいにもかかわらず、その使命の大きさと比較して、十分それに耐えることのできる知見の質量の獲得までに至っているとは言い難い。過去の体系的な観測・調査の蓄積が少なすぎる。特定の関係者による限られた現場資料による発掘、識別、憶測となっては、学問上も困るはずであって、軽信あるいは過信をさけた科学的な精進の積み重ねが要るのである。
 2009年にイタリア中部において発生したラクイラ地震というものがあったが、その「予知」失敗について、7人の専門家に対し昨年10月判決が言い渡されそうだ。判決内容は地震についての知識の不確かさを裁いたものではなかった。センセーショナルな取り上げられ方とは異なり、判決は「被告が不正確、不完全で矛盾する情報を住民に与えた」ことを非難しているのであり、専門家としての真摯さを求めたものである。判決は、地震のような社会的影響の大きな分野の研究者には自己規律、厳しい相互評価、緊張ある学際的連携が要求されることを再認識させてくれる。さらに加えるなら、いま問題の原子力防災に連結する分野にあっては、とくに国際的な学問水準の共有が不可欠であろう。地震国である日本だけに、世界の常識を離れ日本国内だけでの孤立し、いびつな学問体質ができ上るおそれがあるのである。

二 実学の諸条件
 地震学・地形学は理学の系統としてはかなり常識的な科学であり実学である以上、耐震工学など関係する分野の人材の力を借りなければ、関係者が納得できる公正な判断が望めない。国内のさまざまな地質材料の調査、系統的観測による断層の相互比較、規模・型式・挙動など科学的な分類・カテゴリー化がなされなければ、学問としても実用としても無力である。
 昨年秋以来、福井県内の原子力発電所について破砕帯と称する亀裂が活断層ではないかとして、関係者の間で意見が分かれ、延々と議論が続いている。しかし、注目する地点の追いかけ型の調査にとどまっては、活断層の存在の可能性を昔の過去遠く遡ったとしても、単に対象を拡げただけのことであり、考古学的になるだけである。
 想定される地震はどんな地震なのか、それぞれの施設にはどんな破壊力を与えるのか、工学的な強度などとの相関に基づく具体的な知見を持たなければ、全くの空論である。例えば過去の阪神大震災の断層調査などは十分に行っているか、福島での地震と活断層の関連調査はどうなっているのか、全国で日々発生している中小地震と断層の関係は追及できているか・・・。こうした観測と評価の組織化がなされなければ、似ていても非なるものを見まちがい、結果の反省も放置していつまでも空想から科学にはならないのである。
 その社会的影響から活断層と耐震のテーマは、決して特定の人達に判断をまかせて済むことではない点に留意しなければならない(2013.8.11「信頼関係は必要ないのか」福井新聞社説参照のこと)。

 地球物理学の世界的な権威でプレート・テクトニクス理論を早くから紹介した本県出身の故竹内均博士は、日ごろから国民に正しく地震理論を伝えることの大切さを説いた。そのため、大学を退職後、わが国で初めての本格的な科学雑誌を創刊した。
 現代の「新科学対話」は、多くの人々の研究成果と検討結果に基づいて、国民から遊離せずに行われなければならない。

(2013年8月のものを同年9月22日に)