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853号 彫像あれこれ

2013年08月25日(日)

 ちょうど三年前のことだったか、奈良の興福寺において国宝館の展覧会があった。もちろん国宝や重文などの指定をうけている大きい仏像は迫力満点であった。しかしむしろ小さくて仏教の世界では脇役的な「仏像」が魅力的であり、とくに気持が引かれた。
 その中でも釈迦を守護する阿修羅像は、何の力がそうさせるのかはわからないが、その時代に有していたはずの元来の目的をはなれて、芸術品としての形と色彩の美しさ、精神の力、といったものを強く感じさせ、最高の彫像であると思った。像の造りは写実的な細かさはないにもかかわらず、まるで生きいきしており、抽象性を与えないのである。

 一ヶ月ほど前のテレビで、日本の仏師が、ミケランジェロのピエタ像に見られる技量と精神の実際に迫りたいと願って、イタリアを旅する番組が放映されていた。現地イタリアの彫刻家(というよりも大理石の職人)との交流、サンピエトロ大聖堂などでのピエタ像との対面、旅先での木彫仏の製作の様子もあって、最後は慈愛の精神を体現できたという小さな仏像を彫り出すのである。
 いま県立美術館ではミケランジェロ展が開かれており(6月28日~8月25日)、きのうの8月17日までに6万人に達した。このぶんなら予想を大きく上回ることだろう。
 日本の上代にも都にはルネサンス期と同じように工芸家や技術者が沢山いたはずであり、その中でもすぐれた作家がおり、そして幸い残された作品が、われわれの鑑賞の対象となるのである。
 今年(平成25年)の6月に、美浜町・佐柿にある真言宗の青蓮(しょうれん)寺所蔵の一木造の観音像が、同町内では初めて国重要文化財に指定されたようだ。この仏像は西暦900年前後(平安時代)の製作と推定されており、ちょうど日本史でいえば古今和歌集の編集開始や菅原道真の左遷の頃にあたる。この観音像であるが、頭部に化仏を配した花形冠を戴き、着衣は翻波式衣文の様式である。出来た当時は漆箔仕上であったと考えられており、現在はほとんど剥落している。漆塗りのものを修復する技術が、現在の漆工芸の産地に残っているのかどうかは知らない。
 それにしても、木で造られたものが大事にされて、千年以上も失われずに残っているということは、それだけでも大変なことである。

(2013.8.18 記)