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851号 東京の屋根の下、あゝ上野駅

2013年08月07日(水)

古郷や 何をほこらしむたのしまむ 海よりはこぶ初秋の風(山川登美子)

 7月28日の夕方のNHKテレビを見ていたところ、「開業130年で『あゝ上野駅』流れる」というニュースが流れていた。
 JRの上野駅は明治16年の開業だそうで、今年のこの7月28日で130年を迎えたのだ。日本の高度成長期、集団就職の人たちを乗せた臨時の夜行列車が到着した13番ホームには、朝の臨時列車から、発車の合図に「あゝ上野駅」のメロディーが流された。とはいっても、今回は昔とは汽車の行き先が逆である。乗客だってよその国の別の時代の人達のようにまるで変ってしまっているのである。
 「あゝ上野駅」は昭和39年に青森出身の井沢八郎が歌い、集団就職で上京し「金の卵」と呼ばれた若者たちの心の応援歌とされ、今も歌い継がれている。拙著「ふるさとの発想」でも、そのようなことを若干述べたように思う。
 福井県と交流のある荒川区のイベントに参加したことがあるが、そのときの役員さんや議員の方との話しから、集団就職でこの地に来たという人たちがおられることを知った。青森や岩手ではなく、福島から来られた方が多かったように記憶する。
 望郷の念にかられ「上野は俺らの心の駅だ」と涙した若者たちは、当時の東北から出て来たわれわれと同世代の人達であったはずである。福井県の繊維工場にも戦後の一時期、東北や九州から集団就職者が少なからず来ていた。
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 上野駅の歌よりもやや時代をさかのぼると、「東京の屋根の下」(佐伯孝夫作詞 服部良一作曲)という灰田勝彦の歌(昭和24年)があったことをかすかに憶えている。この歌は集団就職の雰囲気とはちがった感じを与える歌である。終戦を乗り越えた東京人の気持を歌った曲なのか、あるいは東京の恵まれた人たちの思いを歌ったものなのか、作詞の背景は調べないとよくわからない。田舎に戻った人たちはまだ東京を目ざしていない。いずれにしてもこの歌には、望郷ではなく戦後間もない頃の首都東京への憧れがこめられている。
 一番から三番の冒頭で「東京の 屋根の下に住む 若い僕等は 幸福者」と繰り返される。将来が明るかったせいのか「なんにもなくても よい」とも歌っている。危く滅びそうになった自分たちの国を新しい東京に託して歌ったのか、人々の気分が若々しく希望にみちていたのか。「希望の街 憧れの都 二人の夢の東京」なのである。「キャピタル東京 世界の憧れ たのしい夢の東京」とまで言っている。この歌の中にある当時「ハイカラ」だったらしい言葉は「恋のプロムナード」、「花のアベック」、「宵のセレナーデ」、「夜のタンゴ」、「夢のパラダイス」、「レビューにブギウギ」etc。
 ブランド的な地名としては日比谷、上野、銀座、新宿、浅草が入っている。渋谷、外苑、羽田などはまだである。さらに「なつかし 江戸の名残り 神田 日本橋」ともあるが、この三番の歌詞に出てくる地名はやや旧ブランド化した場所のように感じる。
 最近の歌はあまり聞くことがないが、基本的には大都市に住んでいる人たちの気分らしきものを歌っているように響いてくる。そこでは地名は全くと言っていい程に欠落し地理というものがない。人間が持つはずのトポフィリア(場所への愛)は、ダークマターつまり大都市のぼんやりした暗闇の中にのみ込まれてしまい、歌の心を光らせる場所がないのである。
 若い人たちの歌の中で、田舎や都会はどこに行ってしまったのだろう。今週のはじめ飛行機で小松、東京、山形を往復した。東京の上空に来ると全く眼下の景色は平坦となり、砂のように敷きつめられている。地上にあっても場所の名をあげて歌わなければならないような対象ではなくなっているのだろうか。もっぱら歌の関心は、自分の定まらぬ心と目の前にいる不可解な君だけなのかもしれない。
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 今日はこの夏はじめての本格的な暑さである。蝉といってもヒグラシではなく、いよいよ油蝉が一斉にこの時期を待っていたように鳴き出している。風も吹き、樹々の繁みは夏の強い陽をうけてて急に鮮やかになり、深い陰りもつくっている。物売りのトラックの音が聞こえ、車の早く走る音が次々とする。いま書いているこの瞬間の田舎の地上の風景がこれだ。蝉がどっと鳴き出したわけだから、今日の空の色と雲の動きも考えるとどう見ても夏と思われる。梅雨が明けたのではないかと問うと、そういうニュースは出ていないと答える。梅雨が明けるときは、明けるように明ける。周りの風景に聞いた方が気象台に聞くよりもいいか。きょうは近くの田圃でもう穂が垂れはじめたのを初見する。

(2013.8.3 記)