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イッセイエッセイ

842号 雑想(5)

2013年07月24日(水)

 日本は自然災害には頻繁に襲われる国なので、昔からそのことに対しては敏感である。しかし自然災害は予測が困難であり人為的な災害ではないので、日本人はあきらめる、仕方がないといった気持になる。
 他方で日本は、歴史的にみて外国から侵略を受けた経験が少ない。したがって、この種の侵略や圧迫についても自然災害のような受けとめをし、相手に対する執着心が弱い。

(2013.7.15記)

○古いことはよいこと
 昔のことに興味が出るようになるには、それは一種の尚古趣味であるから、古いものの良さを強く感じてくるのは、自分が昔を持つような年齢になった時である。若い時にはこうした気持は薄いと考えられる。自己の経験において今と昔の比較ができ、心の中に一種の感慨が生じるようになれば、今と昔の関係にも関心が向く。ラジオの朗読の時間に、岡本綺堂の随筆集を聞いた。明治初年生まれの昔の作家が年をとって明治のはじめの昔を語ることを面白く感じるのは、明治の作家と平成の自分の記憶において、構造が重なるからこそそう思うのである。

○地形のこと
 住んでいる所の地形的な落ち着きというのは大事なことである。北陸道を福井に向って武生や鯖江の辺りに至ったとしよう。ほどよい高さの山々に周辺がかこまれていることを発見し落着く。同時に、北の方角がわずかに開けている感覚もあって、実にゆったりと安らいだ気分になる。
 東京やいくつかの地方都市に住んだことはあるが、この種の風景の感覚は持てない。ただこの風景に安んじているだけではいけないという意思も働き、面白いのである。

○忘れやすいもの
 忘れやすいもの、憶えにくいもの、間違いやすいもの、こうした種類のものは、正しい答えを教えられたり確認できたときにも、安心して頭に刻み込むことを忘れてはならない。事柄が自分の頭には正しく入らないタイプのものであるのだから、このことを理解して気をつけなければならない。

(2013.7.19 記)