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840号 故郷帰り投票

2013年07月22日(月)

 ラジオの朗読の時間で村上春樹「遠い太鼓」のシリーズを聴いた(2月22日放送のものを録音で)。文学的な調子はとくになく、否これが文体なのかもしれないが、1980年代末にギリシアに家族で旅行しているときの感想、ないし旅行案内のような紀行である。
 1989年6月18日にギリシアでは総選挙(定数300議席)があったらしく、その騒動に遭遇したときの体験である。ちょうど与党のパパンドレウ(この名の政治家は何人かいて、現在もいるようだ)によるパソック党の政府が、日本のリクルート事件のような汚職と個人的なスキャンダルに直面し、野党の新民主主義党(ND)の攻勢を受けていた最中の選挙だと語っている。
 そこにはギリシアの選挙制度のことが大変興味ぶかく書かれてある。今でも同様の制度なのかはわからないが、ギリシアでは国政選挙になった場合には、アテネに住んでいても故郷がたとえばテサロニキの人は、その地に帰って投票しなければならない制度になっているというのである。
 こうした古い地名をきくとき、ルカの福音書にある皇帝アウグストによる人口調査の物語、ヨセフとマリアがガリラヤのナザレから先祖のダビデの町ユダヤのベツレヘムへ帰って行ったという話、を想いおこしてしまう。
“Everyone, then, went to register himself, each to his own home town.”(Luke 2-3)
 ギリシアではしたがって投票日近くになると、日本の盆と正月が一緒に来たようなものすごい帰省の交通ラッシュとなり、道路はもとよりバスも電車も飛行機も船も、移動のために大混乱をひき起こすらしいのである。村上春樹は、戻る方もそうだが、受け入れする故郷の親元の方も大変だろうと同情している。
 都合でどうしても故郷に戻れないような警察官やホテルの従業員といった職業の人たちは、出身地に投票に行けないという証明が必要であり、その条件としては故郷から200km以上現在の住所が離れており、仕事を持っているという証明がいるそうである。しかもギリシアでは日本とは大いに違い、投票は権利であるとともに義務でもあると考えられており、棄権には罰則があるとのことである。そして投票を勧誘するために、故郷行きの無料の政党手配バスがチャーターされて、支持者別に(反対者も都合で乗ることあり)その党のバスに乗って戻る。また帰省する人たちのマイカーの一台ごとには、支持党のポスターをベタベタ貼り、車の窓からは旗も出し、各人が文字どおり旗色鮮明にするのが、ギリシアの選挙のやり方らしい。だから各人の住宅にも同様な掲示をする。
 このようにギリシア国民は、選挙に対し極めてマニアックであり、選挙のたびごとに何人もの人が死ぬような土地柄なのである。
 なぜなのだろうか。近代に至っても、ギリシアではトルコ支配、ファシストによる圧制、ギリシア内戦、軍事政権、キプロス紛争など、血を血で洗うような厳しい政治的葛藤を何度も経験して来た。だからこそハードで攻撃的な選挙風景が見られるのではないか、と作者は書いている。
 さて、この一種の「故郷帰り投票」について、村上がギリシア人に対し、もっと別の制度がありうるのではないか、一票の格差をなくすためのものなのかなど、何人かに聞いたけれども、納得できる答えのないまま、分らずじまいでギリシアの地を去ったという。
 選挙制度とは裏表の関係にある納税についてみると、アメリカ、フランス、スイスの憲法には課税は政府の権利として記され、中国、韓国、ロシアは日本と同様に納税は国民の義務と定められており、ところ変れば様々である。
 扨て、ここで我々が考えるべきことは、このギリシアの「故郷帰り投票」つまり「帰郷投票」の制度が、いま日本で問題になっている一票の格差問題や、都市と地方の人口移動の問題解決のために役立つかどうかである。
 第一に、こういう面白い制度が立派に外国のデモクラシー発祥の地ギリシアで通用しているという事実に対し、先ずよくぞと深く敬意を表さなければならない。
 次に、ギリシアと類似のことが、日本で果たして可能かどうかということである。出生地や本籍地のようなものを画一的に基準とすることは、住民登録制度が立派に機能している日本の現実に合わないかもしれない。では他にどんな基準があるか、外形的に一律にするか、選挙人の選択にするかなど考えるべきことは、どういう決め方にしろ多い。
 第三に投票をどこでするか。各人が故郷の地に帰って投票するのか、投票用紙だけが故郷に戻るのか。etc

(2013.7.16 記)