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イッセイエッセイ

834号 スイスの歴史について(1)

2013年07月14日(日)

 最近、人口や領土の大きい国とそうでない国々との関係がグローバル化の中でことさら目につくようになった。大きいからといって、その国が必ずしも発展しうまく統治されるわけではなく、また小国には生きる道があるものの知恵がいるだろうと考えるのである。
 小国と言えばスイスのことが頭に浮かび、スイスといえばヒルティかと思って、全集の中からそれに関連するものをさがしてみた。「永遠の平和」と題する最終巻に、次のような演説が入っていた。

(小国と集団形成)
 国の大きさとその国の運命というテーマは、今の日本にとって参考となる思考方法を含んでいる。
 カール・ヒルティは、このベルン大学総長の就任演説「スイスの将来」(1902年)において、当時の世界に抬頭してきた帝国主義、社会主義などの覇権主義に対して、小国スイスがなおも存続して行こうとするならば、道義国家・・・・でなければならないとした上で、スイスの国民精神の自覚と発揮を力強く促している。
 ヒルティは、スイスのような小国は大きな権力や偉大なものの観念に麻痺してしまってはならないというのである。
 「小国は大国の膨張欲の犠牲になることを、よかれ悪しかれ甘受しなければならない」(148頁)、というような宿命論には決して陥ってはならないと主張する。
 この夏からTPP交渉がはじまるが、次のような言葉も参考になるだろう。
 「わが国においても(注:スイスのこと)、一部の人には、国際会議や国際条約の良い面ばかりを見ているのでありますが、それらのすべては、部分的な主体性の放棄をも含んでおり、しかも一度参加すれば容易に離脱できないのであります。」(120頁)
 政治問題よりも経済問題を必要以上に強調するスイスの国民性について、みずから十分自覚する必要があるという次のヒルティの指摘も、今の日本に関係なしではない。
 「わが国の歴史の中にありその天性であるもう一つの特質は、あまりに経済的であること、利得・所有・享楽を歓びとすることであります。これはわが国民の一種の長所でありますが、弱点でもあります。」(151頁)
 100年以上前のことであるが、スイスの特殊事情として、貿易で競争しなければならない工業国であり、一般生活必需品が高く、人口過剰であった。しかも「どのような国にも決して幸いしない大きくなりすぎる都市が恒常的に増加しているのであります。」(154頁)と述べ、物量主義、物質主義に国民精神が流れることを注意している。
(ヒルティ著作集第11巻「永遠の平和」(1981年 白水社)から 「スイスの将来」)

 さてこのベルン大学は調べてみると、ベルン州によって1834年に学士院から大学になっているが、さらに1900年以降建物や施設が拡大し始めたという歴史があるようだ。

 その後のスイスの百年がどういう歩みであったのか、またそれ以前の歴史がどう影響しているのか、やや気になり、次にスイスの歴史の本を読んでみる気持になった。その際に気がついたことだが、世界史の教科書では、スイスという国の名はほとんど出ることがなく、ウィリアムテルの伝説は知っていても、スイスの歴史は全くといってよい程知らないということである。なお、現在のスイスの人口は約700万人、国土の広さは北海道の半分ほどである。
 この100年余りを総括すると、二十世紀おいてスイスは二度にわたる世界大戦を経験し、対ナチスに対してのアンリ・ギザン将軍による徹底抗戦をうながす砦作戦により、ナチスのイギリス攻撃を先行させる結果となり、武装中立を守ったのである。なおこのことは、戦後、中立によってスイスは自国だけ無傷であったというヨーロッパ諸国の反感をも生んでいる。しかし一番大事なこととして、ヒルティの小国滅亡の警告は幸い現実のものとはならなかったのである。

 次にスイスの歴史について知ったことを簡単に項目的に記す。
(言語と共存)
 スイスは歴史的に主としてドイツ語圏とフランス語圏の対立があり、これには古い歴史があり、現代においても、中央主権と連邦主義、そして現代では特殊スイス派とEU接近派、スリム国家と社会福祉国家の対立として交錯しながら問題化し、さらに地域間の格差の拡大、財政調整制度、失業率の違いなどとも関連している。
(「もう一つのスイス史-独語圏・仏語圏の間の深い溝」クリストフ・ビュヒ著/片山淳子訳 2012年 刀水書房)

(2013.7.9 記)