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イッセイエッセイ

831号 愛せなくとも祝福する

2013年07月06日(土)

 「見えない日本の紳士たち」というタイトルは、この文庫本を売らむとする営業的精神をあらわしたものにすぎない。集められた十六の短篇の作家であるグレアム・グリーンの気持とはまったく無関係なことである。全部を読むということでもないだろうから、この『見えない日本の紳士たちThe invisible Japanese gentlemen』をまず読む。作家が偶然レストランで出くわした日本人の紳士の団体客の様子と作家志望の若い女性と婚約者の会話から作られた短篇である。予期に反してというよりは案の定であるが、表題に書かれた日本人の団体はレストラン内の背景にすぎず、婚約者のちぐはぐな会話をさまたげたり、味つけをしたりする材料に使われているだけである。展開の仕方は全体に英国的なモーム調である。
 「ほんとうに、ひとの話を聞いていないんだから・・・」、「これって喧嘩かしら?」、『・・・もっと身近なところで観察眼を働かせるわけにはいかないのかな?・・・』、「・・・少しも物事を結びつけて考えないのね」、「・・・あなたってときどき掴みどころのないことを言うから・・・」などの女と男の聞えてくる言葉、これに対して作家になろうなんてよしたらという作家の感想もまじる。
 そして『慎み深い二人Two gentle people』、中年の男女が公園で会話をし食事をし、何も起らない話。
 ついで『祝福The blessing』、政治集会を取材する記者とそこに居合わせた老人との偶発的な対話。老人「醜くて危険極まりない。だがな、祝福したいという気持があれば、祝福するのさ」、「自分はこれを愛せないけれども、ともかく祝福します。神よ許したまえ、と」、「憎んでいるものは祝福するしかない」etcともかく単純な信仰による祝福の力。
 さらに『諸悪の根源The root of all evil』、ドイツの小村でくり広げられるドタバタ喜劇、『戦う教会Church Militant』不穏なケニアでの布教者たちの話しだが、説明がめんどう。
 (「見えない日本の紳士たち」G・グリーン著 2013年 早川書房)

 それにしてもinvisibleとは?作家をめざす若い娘の心は自分のことで精一杯であり、めずらしい日本人の姿が近くにあっても眼に入らないということか?、或いは単に目立たない日本人たちということか?、もう少し付けるべき適訳はないものか?。

(2013.7.1 記)