西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

825号 予報と予測

2013年06月18日(火)

 時間のスケールが異なっていても、気象変化は大気の撹乱であり、地震は大地の撹乱である点が共通である。どちらも測定によってある程度の観察はできるが、時間の幅が伸びるほど、判断は完全なものからほど遠くなる。時間的にごく直近の気象予測であっても、必ず当るとは限らない。どうしても悲観側に立って雨がちの予報が出る。
 地震については、起った直後の地震の規模と強さの測定においても、天気予報に近い仕事でありながら計測を一発では確定できない。いわんや未来の地震の予測となれば殆んど不可能であるから、最近は予知があきらめられている。活断層についても可能性の不存在についての否定をするにとどまる。調査や測定をすれば何かの有意な存在を必ず確認はできても、知識の絶対量と理論化が不足しているので其の何かが何であるか、それ以上には確信をもって進めない。
 したがってこうした判断は、一体何を目的にしてどの程度行うものかによって、辛うじてその妥当性の有無が決まるものである。目的との関係において判断の意味が成り立つにすぎぬ構造にあり、判断がひとり独立しているものではないことを弁える必要がある。

(2013.6.12 記)