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イッセイエッセイ

820号 雑想(2)

2013年05月30日(木)

・人類が言葉を獲得したのはいまから約5万年前、すなわち全地球に人類が広がった時代にさかのぼるようだ。ホモサピエンスが20万年前にアフリカに誕生したといわれるから、それまでの15万年ほどは言葉が無かったことになる。新人類が全地球に生存できるようになったことは、言葉によって他の類縁人類を制したことの間接的な証拠になるらしい。
 人類史から日常に戻ってこのことを考えてみた場合、人の話しは聴くだけでは十分ではなく、人の顔を見て聞かなければ真意は覗えないことを意味する。発せられる言葉は、構成されてしまい辻褄が合うように出来上るので、本当のことは奥にかくれるからである。

・「県別 罵詈(ばり)雑言(ぞうごん)辞典」(東京堂出版)が出たとある(「be on Saturday 辞書いいね!」2013.5.25朝刊)。恣意的な資料収集を避けるため、全国の方言研究者による実地調査を踏まえてあると解説されている。本県は東西の日本文化の混交した地域であるから、この種の語は重複化されて数はおそらく多いと思われる。それに加えて独自のも意外と多いかも知れない。
 雑言はできれば陽性、そしてその場限りの気晴らし的であってほしい。ふるさとのけなしことはのなつかしきなきひとたちのおもかけもまた。

・たたき上げ、どん底の修羅場、あらゆる仕事を徹底的に、営業はたった一人で、不屈の半生etc こういうトップの下で組織された社員は楽しいだろうなむ(同上、「フロントランナー」。大塚J・ディスプレー社長)

・「ロビンソン・クルーソー」の出だしの部分を読み感じるのだが、無人島に独りたどり着くためには、無前提でそのような境遇になることは不可能であって、それなりの労力と作法がいるのである。

・永井荷風の米国での日誌や体験小説の朗読をラジオ(録音)で聞く。最近流行の作家の「遠い太鼓」もごく一部を聞く。連続して両者を聞いたのでそう感じるのかもしれないが、スタイルが現実と離れながら、どこかで読者の共感を得ようと意図しているところが似ていると思われる。

(2013.5.26 記)