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イッセイエッセイ

799号 シャクンタラーの指環

2013年04月09日(火)

 社会科の世界史の教科書に出てくるような古今の名著は、生徒のころ名前だけは憶えたことがあるが、いまも中味については皆目無知のままを残念に思っている。理解にはほど遠くとも、そのうちの幾つかでも生きている間に眺めるくらいはしてみたいと思っている。ギリシアはホメロスやプラトン、ローマはタキトゥスやスエトニウスなど、中国は諸子百家、中東は聖書、そしてインドは全く空白であったので最近再版された「シャクンタラー姫」を一読した。
 昔の教科書には、表題のように指環という言葉が付いていたように記憶する(あるいは記憶違い)のであるが、解説をみるとその道の学者の並々ならぬ努力によって初めて古典を読むことができることがわかる。以下、都合よく都合のよいところを数箇所抜き書きすることとした。
 まずその前に、このごろの教科書の説明を見てみると「グプタ朝はインド古典文化の黄金時代で、サンスクリット文学が栄え、チャンドラグプタ2世の宮廷諸人であったカーリダーサ(5世紀)は、戯曲『シャクンタラー』をはじめ多くの傑作を残した」となっていて指環はついていない(山川 詳説世界史1999年)。
 なお訳者の辻直四郎氏(1899-1979)については、インド古典学の開拓者(文化功労者)であり、ケーベル先生にも学んだ人のようだ。
 訳者による本書のまえがきでは
 「サンスクリットの詩文を和訳する場合に、いつも訳者を当惑させるには、文体用語の問題である。現存する作品から判断して、インドの詩人は概して寡作家であったらしい。しかし有名な作家は、音調・措辞・修飾に、文字通り骨身を削る苦心をしたに違いなく、とうてい他国語に移し得ない特色をもっている。この美文体を現代の口語に訳しては、原作の面影を遠く離れるのを恐れて、擬古体を用いることとした。」とある。
 では上述のとおり都合のよいところを。

(ドゥフシャンタ王の絶大な威力を語る場面)
 いずくんぞ用いん矢を番うるを 鳴弦(めいげん)遥かに響けば 強弓(ごうきゅう)唸りを生ずるに似て 障魔たちまち退散す。
(三幕 門弟の王をたたえる言)

(王がシャクンタラー姫を問う平安王朝物的な場面)
 白き真砂を 敷きつめし 戸口のほとり 足跡の ま新しくも 目にうつる。つま先かろく くぼめども (くびす)のあとは ふくよかの 腰の重みに 深まさり見ゆ。
(三幕 王が姫の様子を独言)

(シャクンタラー姫の門出の場面)
 草木の主の 月の影 西の山辺の 峰の()に かかると見れば ひんがしに 曙つぐる 色あかく 日は今のぼる。月と日と かたみに沈み 昇りつつ 栄えうつろう 人の世を 統べ導くに 似たらずや。
(四幕 門弟の言)

(シャクンタラー姫が養父カンヴァ仙の庵に訣別を告げる場面)
 なれを思えば かねてより 胸にえがきし わが理想、いみじき徳の かいありて 身にふさわしき 背の君を 嬉しやなれは 選びけり。今は心も 安らぎて その蔓草の 婿選び かたえに生うる マンゴーを いとし夫と 定めなん。
(以下の二文をふくめ 四幕 姫の養父であるカンヴァ仙者の送別の言)

 睫毛の(そり)の 美しき まなこに宿り 眼路はばむ 重き涙の 露の玉 心たしかに 払われよ。とかくに道は 高低(たかひく)の 定かにそれと 見えわかず。なれぬ足なみ 乱れては つまづくことの なからめや。

 いずれは嫁ぐ 世のならい 娘は他人(ひと)の あずけもの 今婿(がり)に 送りては 心おちいて すがすがし、長の年月 あずかりし 品を返しし あとのごと。

(政務の疲れと苦労の絶えぬ王が、心境を語る場面)
 高き位も あこがれを 満たす手だてに ほかならず。得て離れじと 思ほえば 守るなやみは いや深し。王者の栄え 誰かいう 疲れをいやす くつろぎと、疲れ果なく 身に添うを。
(五幕 王の言)
(「シャクンタラー姫」カーリダーサ作 辻直四郎訳 岩波文庫2012年)

(2013.4.2 記)