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イッセイエッセイ

791号 「政治改革」の逆説

2013年03月26日(火)

 小選挙区制の議論は決して新しいテーマではなく、55年体制直後の自民党の時代から繰り返し試みられていた、本書でこういうことを知る(中北浩爾著「現代日本の政党デモクラシー」岩波新書2012年)。
 その当時に絶対優位だった自民党が、小選挙区制度によって党勢をさらに強化することをねらったのである。そこで野党はもちろん、反与党の立場のメディアも小選挙区制に批判の立場をとることになり、制度の実現をずっとみなかった、と筆者は言うのである。
 その後は自民党の党近代化という見地から、小選挙区制によって派閥や個人後援会の金の問題を解消できる、という正当な理由も主張された。中選挙区による選挙活動に必然するこうした弊害を、小選挙区制がなくすことができる(なくなるのではないか)という側面があったのである。そして1989年の竹下内閣における「政治改革大綱」(後藤田委員長)では、現行の中選挙区制度が「政権交代の可能性を見いだしにくくしている」云々とまで主張するに至った。筆者は戦後の選挙制度の考え方をこのようにたどるのである。
 ここで我々として歴史の教訓にすべきことは、政権政党みずからが「政権交代」の必要性を論じた、という事実である。
 みずからの存立基盤にかかわるような問題を、その当事者たちがひと事のように論じたりする例は、歴史的にもあるのである。フランス革命の前夜、文人や思想家たちの過激な観念論を、いつの日かそれが情熱と実際の行動に変ってゆくことを忘却し、貴族たちが暇つぶしのために進んでこの議論の遊戯に加わったのである。
 「アンシャン・レジュームの上層階級が、奇妙にもこのようにして、自滅をしばしば自ら助けたその盲目のほどには、あきれる外はないのである」とトクヴィルは「アンシャン・レジュームと革命」(第三篇第一章)の中で述べている。政党をぶち壊すとしたリーダー、道州制を話題として論じる地方政治、理想の姿をしたあらゆる自己解体主義は一種の鈍感の上に立っており危ういのである。
 現在の日本には、アメリカ、イギリスのような二大政党制を必要とするような明瞭な政治対立の基盤が存在しないと言われる。それなのになぜ小選挙区制を導入して、二大政党対立の構造を作ったのかについての疑問が残る。
 しかし、これは政治の実際的なダイナミズムをさぐると理解できる。冷戦構造や与野党のイデオロギーの対立が強かった時代は、理論上は日本でも小選挙区が制度的な相性を有していた。しかし皮肉なことに、国際的にも国内的にもイデオロギーや主義にもとづく対立が消え、どちらでもよい時代になり、二大政党の対立基盤がなくなったこの時代に、ようやく小選挙区制が与野党で合意できることになった。
 著者が分析するように、金権腐敗に代る国による政党助成制度、選挙区内の同一政党対立の回避など、二大政党制とは別次元の政治家的な日常関心が前面に出てきた。冷戦の終焉、根深い主義主張の対立が消えたからこそ、二大政党化が進んで政権交代が可能となる政治的逆説が生まれたのである。
 こうした事情により、分立すべき理由の弱い二大政党化現象が現れ、選挙だけのために異質な政治信条がグループ化し、無理してまとまった政党が生まれた。狭い選挙区による限られた政治的関心、浮動票を主戦場とする選挙、選挙ごとの当落変動と政治家の稚拙化、有権者や地域と結びつきの弱い政治が出来上るのである。

(2013.3月記)