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イッセイエッセイ

788号 米国の古きよき時代

2013年03月15日(金)

 「それに比べ、21世紀の現在、大統領ですら対抗政党とは社交の場を持とうとしない。彼らはお互いを知りもせず、多くの案件について解決策を見いだすための信頼も築けていない」(カーラ・ヒルズ「私の履歴書」3月11日から、第11回 フォード大統領)
 米通商代表部のカーラ・ヒルズ元代表の語るところなのだが、彼女が仕えた1970年半ばのフォード大統領(1913~2006年)の時代は、「米国の政治にはいまのような分極化など存在していなかった」ようだ。フォード大統領は、上下院のベテラン民主党議員との交流が深く、ゴルフやパーティを互いに楽しむ仲であった。「わかった。双方痛み分けで行こうじゃないか」という調子の会話と決着が通用する時代であったらしいのである。
 1974年にフォード大統領がニクソン前大統領の恩赦を決定したのは、ベトナム戦争、オイルショックという米国の内外の苦境下で、ウォーターゲート事件の党派的な法廷闘争が何年も続くことは国益をそこなうと考えたことによる。フォードは、自分にとって政治的に不利になる決定だとわかった上で(再選の目が初めからなくなる)、国家のために良かれと決断を下した。「そうした高邁な精神は、残念ながら昨今の政治家たちに見出すことはできない。民主党は左派の活動家の面々、共和党は右派のティーパーティの人たちの顔色をうかがうばかりだ」、「結果、一方は『増税反対』を掲げ、他方は『財源確保』を叫び、予算一つすらまとめられない状態」である、と述べる。
 ここから知れることは、政治家たちが米国でも1970年代まではそれなりに気心を通じて政治を進めていたのだが、今ではそれが消えてしまったのだ。こうした事情は日本でもよく似ており、世界も変り、さまざま事件も起き、人情がせち辛くなった。要するにこの三十年で世の中が変化してしまったのである。

(2013.3.12 記)