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イッセイエッセイ

785号 演劇と教育

2013年03月14日(木)

 きょうの夜、新聞を読んでいたところ「演劇」と「教育」という文字が同時に目に入った。「震災越え 演劇で人間教育」という日経新聞の文化欄(2013.3.7)に出ていた石井路子教諭(県立いわき総合高校)の体験談である。
 この方は前任校では国語の先生をされていたらしく、新しい学校は「進学校ではなく、望まず入学してくる生徒が少なくなかった」、「教材研究を重ね、工夫を凝らしても教室の全員が目を輝かす授業にはならなかった。授業を聞いてほしい一方、聞こうとしない気持も理解できた」、「教壇から生徒に知識を与えていく一斉授業に限界を感じていた」云々と述べている。
 こうした悩みの中で誘いを受け、総合学科の中に教科演劇を立ち上げることになり、体当たりで演劇の指導法を習得して(兵庫・宝塚北高、桐朋学園芸術短期大学で研修)、演劇を生かした職業系高校における新しい教育を試みて十年を経たというのである。
 「自画像」と称する各生徒による「一人芝居」、そして最近では、劇作家や演出家の協力を得ながら1ヶ月をかけて舞台を仕上げる「アトリエ公演」という方法もとる。このように演劇を通した授業によって、生徒は自分自身の分析ができるようになり、ありのままの自分にも向き合い、制作の共有による他生徒の気持を想像し理解する、観客の反応による自己受容・・・生徒たちの成長と学びの実現・・・。

 きょうは永瀬昭幸社長(東進ハイスクール・四谷大塚)から教育問題について意見を伺う機会をえた。様々な迫力にみちた見解とアイデアをいただいた。その中で社長は、どの高等学校も同じような進学的教育を行うのでは、生徒も先生も意欲をもった授業が困難だろうという意見を云われた。先日、農業系や工業系の高校を参観した際、自分もほぼ同じような感じをもった。
 たとえば職業系と普通系では、学科の種類や各科目の授業内容がことなることは当然だが、教育理念を受験教育と同じような方向にしては駄目であり、また教育内容を異ならせただけで簡単に教えれば済むことでもない。そのほかにも沢山の注意がいるはずである。しかし具体的にどうしたら、授業や学校生活がうまくもって行けるだろうかと思案していた。その同じ日に、先の演劇と教育に関する記事に注意が向いたのである。


(2013.3.7 同日記)