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イッセイエッセイ

779号 私の好きなもの

2013年02月25日(月)

 私の好きなものの一つ、それは双眼鏡である。なぜなら、まるで眼の前にあるように遠くのものや景色が見える不思議な道具だからである。
 小鳥は遠くからでは小さくしか肉眼で見えないので、双眼鏡は観察にふさわしい道具だ。小鳥は枝に止まって首や尾をよく動かす生き物であり、表情があり種類も多く色あざやかであるので、小鳥に焦点を当てて見る機会をもつのは面白い。人間に普通は近づかないような小鳥や渡り鳥は、雀や鴉とちがって目にしない鳥である。これを間近に見ると、遥か遠くから旅をしているのに生々した様子が何か健気といったような感情移入もわいてきて面白いのである。
 観劇やスポーツにも使う人がいるが、これはそんなに面白いものではないであろう。娯楽としてレンズを通して見るようには出来ていないものであり、人間をじかに観測してもつまらない。
 自分の小学生の頃には、まだ戦争の余影が残っていて、軍隊用と思われる大きくて重量のある丈夫な双眼鏡を目にすることがあった。夏休みにはいつも数日間、厨(くりや)に海水浴に連れられて行ったのだが、丘の上にある寝泊りする寺の離れには、柱に立派な双眼鏡が無造作に掛っていた。子供の判断かもしれないが、いま普通にある双眼鏡よりも格段に倍率と明瞭さにすぐれた器械であったように思う。
 崖の下の方に見える港や漁船また遠くの水平線を、朝や夕方に双眼鏡で眺めるのは面白い経験であった。眼下の海水浴場の方からは、はやり歌が拡声器を通して流れてくるので、島によらずにこのまま行こうか・・・という歌を自然に憶えてしまったことを想い出す。
 海も港の景色もまた、何かはじまるようなさみしいような不思議な気持を起こさせる場所である。浜の方には1年に1回しか行けなかったので、今も海や港は自分の好きなものの一つである。

(2013.2.23 記)