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イッセイエッセイ

763号 二人の郷土作家-中野重治と高見順

2013年01月15日(火)

 中野重治(1902-1979)が高見順(1907-1965)にあてた手紙の中で、高見順の「現代と現代文学における言葉の問題」(昭和27年3月「文学」)を読んで教えられたと書いている(760号参照)。そこでその文章をさがして読んでみた(高見順全集第13巻 勁草書房 昭和46年)
 要点だけ述べると次のようなことである(同巻539頁以下)
 労働運動においての用語が、例えば「ごまかし」を「欺瞞」というように、むずかしい漢字や漢文口調がやたらと使われていた当時の傾向(昭和20年代後半のころのこと)に対し、高見順は疑問と批評を加えているのだ。また、大正から昭和にかけての新しいスタイルを目ざした日本文学(横光利一など)も、大正期の言文一致運動をのり超えようとして、かえって時代錯誤的な漢字美文体の明治の文章に逆戻りしてしまったと述べている。
 日本語の「近代化」の方向として、言文一致の運動や欧文脈の導入(翻訳的な文体のことか)があったはずだが、両者は融合することなく、漢語調が翻訳的な文体と一緒になって融合し「反近代的」な結果が生じる結果となったことを問題としている。
 漢字表現は、言葉としての簡潔さや力強さ、また日本の論説的な伝統、目的としての宣伝煽動の文章として、使いやすいのはたしかだが聞いても書いても分りにくく、民衆から遠い言葉になった。
 高見順はこの文芸評論でわかるように、日本の「近代化」という言葉を用いてこれを望ましい意味に使っており、これに反する傾向のものを「封建的」、「反動的」、「逆行的」な動きと表現している。中野重治が高見順に教えられたと言っているのは、おそらく戦後まもなくの中野重治も関係していた左翼的世界の宣伝文や文学上の文体のことを気にかけていたためかと思われる。
 我々のいる今の日本は、当時の「現代」に比べて約六十年後なのだが、逆に漢語や硬い言葉が少なくなり、和語や身体的な比喩語が多用されているようになっている。「つぶやき」「つながり」「やりとり」「憤り」「根っこ」「あきらめ」「むじばむ」「変り目」「問い」「追い求める」「向き合う」「うんざり」「的はずれ」「見えてこない」「問われている」等の言葉が正月の新聞の一、二面や社説に使われている。また今日の新聞を見ても、「立ちすくむ」「踏み切る」「しのぐ」「タガを緩める」「暮らしへの波及」「言い分」「すれ違った」「深まり」「折り合い」「分かちあう」「招きかねない」「見極めたい」など、柔らかくアヤフヤな言葉に満ちあふれていて、読んでいて逆に気分がすっきりしないのである。この傾向はこの数年とくに顕著になっている。なぜだろうか。

 この全集をもう一頁次にめくると、「古典とのめぐり合ひ」と題したこれは高見順としては大変明確な論調の短い以下の一文(要旨の形に便宜した)がある。

 プルタークのアントニー伝は、同じ物語を扱ったシェークスピアのものよりも遥かにすぐれている。「古典の方が近代文学よりすぐれていると私は言はうとしているのではない」。しかし「古典も読んでみれば面白く、そして教えられることも多いのだ」(拙注を号末につけた)。
 具体的にどの古典の本がよいというような推薦はできない。「書物と人間とのめぐり合ひには何か運命に似たものがあると思っている」。「読者自身の心に即して選ぶのが一番いい」。
 古典は「われわれの眼を近視眼的な視野から歴史的展望へと導いて行く。古典が人間精神を強くするとは、このことであろう」と言う。(「古典とのめぐり合ひ」 日本図書新聞 昭和27年)同全集550頁以下

 また「小説の分りにくさの問題」(昭和23年)という分りやすい題名にひかれて、その一文も読んでみた。
 ハーバート・スペンサーの「文体の哲学」について引用紹介しているところがあり、論旨の方も分りやすい話しなので、これはすこし長いが全文を以下に引用する。スペンサーについて、

 「その説くところは所詮、スタイルの要訣は『心のエネルギーの節約』The economy of the mental energiesによるところの表現力の発生といふところにあるとする。たとへばスペンサーは次のような文章は避けなければならぬとしている。

 一國の風俗、習慣、または遊びごとが残酷野蛮であればある程、それに比例してその國の処刑法も峻厳となる。

 これは次のように書くべきだとスペンサーは言ふ。

 格闘、闘牛又は剣闘士(グラディエーター)の死闘に人々が血を湧かせば湧かすほどそれに比例して、その国民は絞り首、火あぶり、八裂きの刑罰を行ふようになる。

 翻訳では却って後者の方が難解気味になるが、英語の原文では後者の具体的な文章の方が分り易い。では前者のような一般的な概念的な言ひ方より、後者のような特定化し具体化した言い方が、何故いいかといふと『この特定化した表現のすぐれてゐるところは、明らかに、言葉を心象に翻訳する際に要する努力を節約できるところにある』とスペンサーは言ふ。読者の側に於けるこの『心のエネルギーの節約』といふことは、書かれてゐることをはっきり認識し理解し、その美を楽しみその力を喜びその印象を味はうためのエネルギーを『言葉を心象に翻訳する際に』奪はれないということである。観賞の為に大切なエネルギーを取っておけるといふことである」(同全集469頁以下)

 さらに折角だから、他の評論もいくつか読んでみたが、思考過程をそのままに自己の論調を展開するものが多く、複雑となりまとめにくい。その中に話題の中野重治のことを論じた「自分のもの」という、評論があったので引用する。これは短いのだが、複雑なところがあり、読みにくい。

 「ところで私は中野氏の孤高潔癖が、さふは言ふものの、下手なうまさに身を縮ませ、痩せて拗ねてゐるのは、やはり未だしと言ひたい。もっと図太く肥ったうまさに絡みついてはどうだろう。そこで、氏が自分の小説を書く前に、よその人の小説をいろいろと読むのはやめた方がいいなと思った。よその人のうまさを取って無神経に肥れといふのではない。自分の小説を書く前に、他人の小説を読むことは、自分のものといふことに余りに神経的にさせすぎ、結局小説のうまさそのものからも身を翻させることになりはせぬかと愚行するからである」(「自分のもの」 人民文庫 昭和12年)同全集233頁

 高見順は同郷の中野重治の小説は小説で読ませるのではなく、人間で読ませていると言う当時の誰かの評論に対し反発しながらも、「不遜な言葉を許されたい」とことわって、小説家の小説が下手に見えるのは、立派なひとつのうまさではあるが、うまい小説を書くだけの苦労では十分ではないということを主張しているようだ。高見順は中野重治よりもおそく生まれて早く亡くなってしまっている。
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(注)高見順のいうように、古典はそのまま直接読むのが一番だと思うが、後の作家がわかりやすく書き直したり、編纂しても、面白く格調さえ失わなければあながち不都合ではないだろう。プルタークの「対比列伝」をもとにこれを英雄・豪傑伝風にして刊行した沢田謙(1894-1969年)著「プリューターク英雄伝」(昭和5年)は、当時の大人から少年まで人気を博しベストセラーとなったということだ。
 高見順が例に引いた「アントニー伝」は残念ながら選ばれていないが、「英雄シーザー」のクレオパトラのところはこんな調子だ。

 「毛布の包みを解けば、パッと姿を現したのは、絶世の美女クレオパトラではないか。シーザーはまずその大胆さに心を奪われ、ついでその談論の嬌艶さに深く魅せられた。・・・英傑シーザーと国色クレオパトラとの情事は、このとき始まった」

(2013.1.5 記)