西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

752号 π、θ、Σなど

2012年12月16日(日)

 数学についての啓蒙書は、読んでみるといずれも共通性がある。すこし分り、ほとんど分らない、ということである。
 どの著者も、一般レベルの頭脳に、なんとか成程と理解させたいと工夫して書いており、単なる街学趣味のものはほとんどない。しかし、読者としていつも感じるのだが、専門家からの分からせ方法は実にむずかしいものだ思う。数学の本は一般には、読む側からみると、書物の全てを理解することはできない。しかし、どの本にも部分的に分るところがあり、分る箇所もいろいろなのである。
 数学本に出ているような話題は、日常会話に使える訳ではないので、数学の教師でない限り実用的に役に立つような読書にはならない。一人で数独や詰碁を試みて楽しむようなものである。
 それでも数学に関した本を読んでみる気になるのは、かつて分らなかったことに対する宿題を果したいと思う気持ちや、人間の心の中に実益を離れて何かに興味をもって分りたいと思う気持があるからなのであろう。
 最近「ゼロから無限へ」、「ふたりの微積分」という本を読み、そして今日は「πの話」(1974年野崎昭弘著、岩波現代文庫2011年)を一日のうちに早読みした。
 πの大きさを人類が知るには、ずいぶんとさまざまレベルの違う人たちの興味や研究が関わっており、そしてなんといっても天才たちの努力の歴史があったのだということがわかる。
  π/4=1-1/3+1/5-1/7+1/9 ・・・というライプニッツの公式の発見が、πをエレガントに表示するための一番きれいな式であると言われている。しかし実際のπの数値計算には収束に時間がかかりすぎて実際には向いていないとも書かれている(元の値を何桁わかるのが実用的なのかの問題はあるが)。そのためという訳ではないが、歴史的にも他の様々の公式が和算をふくめ発明され、πの計算に使われてきたようだ。
 πの値はいずれにしても、どのような整数係数、有限次数の方程式を作ってみてもその解にはならない数で、一種の「超越数」だということが証明されている(同書140頁)。上述の直接の計算につながる一般式の発見は、三角関数や微積分学の理論が出来上って初めて可能になったものらしい(そのプロセスの分からせ方は、この本でも今一つであるが)。
 日本語によるπの「おぼえ歌」は余談ながら、
 π=3.14159265(産医師(さんいし)異国(いこく)()()()う・・・)
 ヨーロッパ語では、仕組み上からして一文字ごとに数字の音に対応できず語呂合わせがむずかしいので、語数の対応で行かなくてはならず、ややこしいことがわかる。(英文の語呂合わせの色々は、ルイス・キャロルの本に面白い研究例があったように思う)
 Yes, I have a number (3.1416・・・)
 How I want a drink alcoholic of course (3.1415926・・・)
 なお、740桁までを表す英詩や3835桁を表す英語短編も世の中にあるそうだ(同書64頁以下)。 

(2012.12.8 記)


 上述の「πの話」の本は、πとは何か、についての大事なポイントつまり円弧と直線の長さの関係、値を計算する数列の作り方、その合計の出し方、さらに微積分との関係など、大事なところが十分に素人に分るようには解説されていない。そこでまた別の「πの歴史」(ペートル・ベックマン著1970年、田尾・清水訳ちくま学芸文庫2006年)という本をひもといてみると、さらにπをめぐっての視野が数学的に広がってゆくのだが、焦点のπの意味そのものの理解は、またしても遠くのところに行ってしまう。著者ベックマンが次々とニュートンやオイラーなど数学の偉人の業績を語るところは面白いが、数学的な理解について十分及ぶかには余り関心を示さないので、また別の本をさがさなければならない。
 

(2012.12.9 記)