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イッセイエッセイ

741号 確率論のすすめ

2012年10月25日(木)

 フランスの科学者ラプラス(1749-1827年)は、確率論や天文学の研究に大きな業績を残したと言われている。昨年の大震災以降、原発事故の可能性や活断層の挙動など災害リスクの議論はさかんなのであるが、科学的な熟度が例えば可能性は否定できない等といったレベルの議論に止っていて、発生確率やその現実的な適用の方面についてはほとんど手がつけられていない。
 そこで先人の見解で少しでも参考になるものがあるかどうか捜してみた。最近ラプラスの確率に関する「試論」が文庫本で再版されているので読みはじめた。しかし後半の部分は一読して歯が立たない感じである。難しい部分は要するにこういうことだと専門の方から一度教えてもらいたいと思う。
 なお試論の前半部分では、昔は専門家の判断を大衆はそのまま信じた、また昔たしかに起ったと思われる事柄についても確率的に考えて間違いが多い、とラプラスが論じているところがあり、そうした軽信の問題は理解できたので以下に抜き書きした。
 「無知の時代に誤りが世界中に行き渡っていたのは、一般大衆が学識豊かな人だと判断し、人生の最も重要な事柄についても信頼するのを常としていた人の見解が影響したことによる。占星術はその格好の例を提供している。」(16頁)
 「ガラス板一枚を通したときには明晰に見える対象を見えなくするには、それほど多くないガラスの板で十分であろう。歴史家は、ある事実が非常に多数の世代を通じて眺められたときにこの確率の減少(注 確率の累乗)を伴うことに、十分な注意を払っているようには見えない。確実と見なされている多くの歴史的出来事も、このテストにかけてみれば少なくとも疑わしいものとなろう」(21頁)
 ラプラス著「確率の哲学的試論」1814年(内井惣七訳 岩波文庫1997年)

(2012.10.14 記)