西川一誠後援会サイト

イッセイエッセイ詳細

イッセイエッセイ

733号 シベリア鉄道回顧

2012年09月15日(土)

 昨日は、ウラジオストックのルースキー島でAPEC首脳会議があった。露国はAPEC開催を起爆剤にして、おそらくシベリア・極東を開発しようとするもくろみなのである。
 ちょうど今から10年前のことであるが、平成14年の9月10日から11日にかけて、ロシアのハバロフスク市で東北アジア地域自治体連合の総会が開かれて、それに出席した。その頃は、県庁の国際課は県民生活部にあったので、彼らと行ったのである。
 会議では沿海地域の自治体の知事たちが、域内の鉱物資源や森林、毛皮などが豊富にとれるといった地域自慢のような説明をした。しかしその当時は、自然資源についての話しなどは、実に前時代的だという感覚をもって聴いた憶えがある。
 会議が終って、ハバロフスクからウラジオストックに移動する際(浦潮のイワノフ副知事と会談する計画があった)、折角だから皆でシベリア鉄道に乗ることになった。これを9月11日の19:15ハバロフスク駅発、翌12日08:35ウラジオストック駅着であるとしよう。乗った列車は明らかにオケアン号(大洋号)という列車であった。
 さて1ヶ月程前の「GLOBE」(The Asahi Shimbun8/19日曜版)において、「シベリア鉄道」の特集を組んでいた。リポーターの記者達は実際モスクワからウラジオストックまで9300kmの列車の旅をして紀行文を書いているのである。
 まず、欧州側の西側はいまや「ロシア」であるが、極東はいまだ「ソ連」であると記す。石油、天然ガス、石炭、木材、水産物などがシベリアでは豊富だが、人口やGDPは8:2、一方で面積は7:3、そしてシベリア地域の収入はモスクワの2分の1から3分の1にとどまる。
 これを読むと日本の太平洋側と日本海側の極端版がそこにあるように感じてしまう。
 シベリア鉄道は料金がバラバラ、無賃乗車などが多く、ロシアの中距離手段としての鉄道は人気がなく不調である等々、多くの影の面を報告している。
 われわれの感想は単なる旅行者としてのものだが、10年前にオケアン号に乗ったときは、もう少しシベリアらしい平原の風景が味わえるかと期待した。しかしながら鉄道沿線は防雪林のような樹木に囲まれていて視界は広がらず、どこかの駅のプラットホームや樹々の間からのぞくわずかな民家などの記憶が残るのみである。夜、客車の個室のような部屋で4人でビールを飲んで談笑していたところ、警察官か軍人かわからぬが制服姿の若者がやって来て何やら注意をしはじめた。談笑を止めて静かに寝て欲しいという意味と理解したのである。
 終点のウラジオストックの駅は大変きれいな駅であった。上記のルポルタージュにも、ともかく車両は老朽化でお粗末だが、主要駅の駅舎だけは、スターリン時代の思想として当時のアメリカに対抗するため、宮殿のように立派だと書いている。
 ウラジオストックの丘の上から湾内や島々を眺めた記憶があるのだが、これはなかなかの風景であった。街の様子については、ハバロフスクの景色だったのかウラジオストックのだったか、今ではすっかり混乱しており、銅像が立っていたことや緑地の多いことのほかはあやふやな記憶である。その当時、われわれを案内してくれたウラジオストック市の職員の中に、なぜか派手なヒラヒラとした服をきた長身白皙の女性が同行していて、彼女は最後まで一言も話す訳ではなく、特別の仕事をするようにも見えず、実に奇妙な人たちのいる所であると感じた。
 ロシア極東と日本海の今後の結びつきについては、かつての欧亜国際列車時代の再現ということにはならないだろうが、日本自体がそうした気運を高めなければ、相手の動きだけに期待するだけではよくならないであろう。

(2012.9.9 記)