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730号 人びとの夢(中島敦の小説)

2012年09月02日(日)

 「春秋左氏伝」昭公四年の項に拠る中島敦の小説「牛人」(昭和17年)は、魯の大夫であった叔孫豹の若き日の事件、そしてその死に至るまでの短い物語である。
 ここ数日ラジオを聴いていたところ、「化け物の話」という形で中島敦の小説の朗読が何回か流れたのであるが、そこで中島敦全集第1巻、第2巻をひもといてみたのである。残念ながら著者は早世した作家であり、全集はたった四冊で終っている。全集をみて朗読が「文字禍」、「悟浄出世」という短篇から取ったものであることがわかった。中島敦の作風は、漢学の家系からいっても本人の気質からみても、漢文の世界が根底にある。小説としての筋や主題もさることながら、漢文による文学的格調、登場人物の観念と現実の小説的展開が、著者の主な関心事ではなかったかと思われる。したがって、小説における心理的な因果関係のそれらしさにおいて過不足が感じられる。
 例えば、次のような漢文調の言いまわし。
 (みち)に魯の北境庚宗の地で一美婦を見た。(にわ)かに(ねんご)ろとなり、一夜を共に過して、さて翌朝別れて斉に入った/独りかと尋ねると、(せがれ)を連れてきているという。しかも、あの時の叔孫の子だというのだ/狩にいった帰りに悪感を覚えて寝付いてからは、(ようや)く足腰が立たなくなって来る/
 しかし、小説のストーリーの点において、なぜ叔孫豹と美女との間の子に容貌魁偉な牛男が生まれる運命にあったのか、夢の中で己を救った牛男とそっくりな子とはいえ他の実子より重用したのはなぜか、二人の息子達が義兄の牛男の伝送を通じてしか父と話せなかったのはなぜか、牛男が異母弟さらに最後に父の叔孫を謀殺して一体何を得ようとしたか、などの点は顛末として不可解、不分明なところである。なお「春秋左氏伝」の原典が、何を教訓に記述されているのかにもよるだろう。
 同じくラジオを聴いていたら、短歌の枕詞についての研究をしている学者の対談が放送されていた。
 上代における男女が互いに相見合う機会は、現代とはちがって全く灯りのない時代であるから、ともかく月の出ている夜にしか目的は果たせなかった。となると、せいぜい一月のうち半分の幾夜かが可能かということになる。ともかくその時代は、待つ恋、忍ぶ恋なのである。そしてその代り現代の我々には想像しにくいが、互いが相手の夢を見ることができるかに恋人たちの最大の関心があったらしい。
 この中島敦の中国古典を題材にした小説は、日本の和歌とは時代も国もちがうが、同じく夢が重要な役割を果たしている。叔孫がわが子と思われる醜悪な人物を引き取って可愛がるのも彼の一夜の夢に由来し、最後に裏切られて餓死を前にする夢も彼の運命を暗示するものであった。
 衛の荘公を材にした「盈虚」というもう一つの小説にも、主人公の横死を予告する瓜畑の夢がでてくる。
 別系統の小説群、南島譚の1つである「幸福」は、島一番の貧乏な哀れな下男、そして富める大長老が、不思議なことに立場が入れ代った夢を毎夜み始める話である。夢と昼間の世界とが何れがより現実なのか互いにわからなくなる。
 この小説は何十年も以前に読んだことがあり、中島敦といえばこの小説を想い出すのであるが、どうも話しができすぎていて観念的な感じを当時もった。今回これを読んで今度はむしろ、観念としての幸福の意味を著者は語ったのではないかと思うようになった。
 以下は「幸福」の中の本題とはそれる話し。
 「右は、今は世に無きオルワンガル島の昔話である。オルワンガル島は、今から八十年ばかり前の或日、突然、住民諸共海底に陥没して了った。」これは津波のことか。
 「善神は供物を供えられることが殆ど無い。御機嫌をとらずとも祟をしないことが分っているから、之に反して、悪神は常に鄭重に祭られ多くの食物を供えられる。海嘯や暴風や流行病は皆悪神の怒から生ずるからである。」この海嘯というのも津波のことか。夢も現実も幸福も、海の渦潮がすべて洗い亡くしてしまうのである。

(2012.8.26 記)