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イッセイエッセイ

721号 森へ行く

2012年06月19日(火)

 海を見たことがなければ、海の実感は生まれてこない。船に乗ると、さらに海というものを一層深く知ることになるだろう。
 それでは、森や林についてはどうであろうか。
 パリのブーローニュの森、これは林のようなものである。ドイツの黒い森、これは山のように感じられる。同じ森という名前がついていても、その大きさや深さなどずいぶんちがい、同じように森と呼んでよいものなのかどうかである。
 われわれが、森づくりをするとか、森に親しむと言うとき、実際それが何を意味しているのか、単なる植林をすることなのか、山に人々がもっと入ることなのか、よく考えないと森という言葉のロマンティクさにだまされることになる。
 しかも日本の現状は、木を植えることよりもむしろ伐ることの方が難しい。新興国のように、木を伐ることではなく植えることの方が課題となっている国とはちがうのである。
 子供のころ、森だとか林だとかが教科書や本の中に出てきたが、どうも自分が毎日眺めている周りの緑の自然とはちがうように思われた。
 福井では山と沖積平野がはっきり分れた地形であるため、山や森林はあっても、森や林にあたる自然がはたして存在するのかどうか疑問である。それに雨の多い列島であるから、ともかく草が繁りやすく、物語風に森を歩いたり迷ったりできると感じる場所は傾斜がどうであろうと少ない。
 北関東の県に数年暮したとき、平地部に立派な栗などの樹木が広がっていた。これはまさしく林であろうと思った。その地方でも平地林(へいちりん)と呼びならわしてもいた。数年前、ドイツの東部を列車で走ったことがあるが、そこにも森や林にふさわしい景観があるように見えた。

(2012.6月下旬 記)