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イッセイエッセイ

720号 復興時代の精神

2012年06月19日(火)

 水上滝太郎、このあまり知られていない小説家の名前は、みずかみ・りゅうたろう、と呼ぶものと勝手に思い込んでいたが、最近出された文庫本「銀座復興他三篇(2012年3月)をみると、みなかみ・たきたろう、と振り仮名がうってある。全く読み方が合っておらず、かえって愉快な気分になった。水上滝太郎は小説家であり、同時に明治生命の専務を勤めた(明治二十年生、昭和十五年没、五十三歳)。
 最初に「果樹」を読み、次に最初に出ている小説もどって「銀座復興」、「九月一日」、「遺産」と順番に読んでいった。あとの三篇はいずれも関東大震災(大正12年9月)を背景にした小説である。昨年の3・11東日本大震災の復興とこれから日本の歩む道がいま大きな課題となっているが、これがために本書が文庫本になったのであろう。
 災害と直接関係のない「果樹」(大正14年中央公論)は、当時の東京に出てきたサラリーマンの新婚生活、借家にしたお寺の離家の柿の実をめぐっての周囲の人たちとのやりとりなどの様子を描いている。ストーリーも描写もごく自然であり品は低からず、全く気持のよい短編であり、愉快に近い気分にさせてくれる。
 次の「銀座復興」(昭和6年都新聞)は、関東大震災の痛手の中から、バラックや(よし)()(ばり)の商売からでも出発しようとする銀座の人たちの心意気を描いている。主人公の三菱の社員、おでん屋「はち巻」の夫婦、そして酒好きの常連を中心に、さまざまな職業と性格をもった人たちを登場させて明るい小説にしている。
 ここでふと気づいたことがある。
 それは当時の人たちにとって、現実に目にした震災による生死は重大事であったが、さらにもっと別の関心事としての生死の問題があった、ということである。こうした感情については、さまざまな見方もあるかもしれないが、それは以下のような庶民の言葉である。

 「全くだ。人間て奴あ、いつ死ぬかわからないって事が、今度って今度はじめてわかった。あたしやいくさにも行ったんだけれど、御国のために死ぬんならあきらめもつくが、地震や火事で死んだんじゃなんにもならないや」(()

(2012.6月中旬 記)