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イッセイエッセイ

712号 危機の分れ目

2012年05月01日(火)

 第二次大戦勃発前の状況は、東西でよく似たことが起こっていた。極東の満州・中国北部における列国のし烈な外交と覇権争い、そして情報の微妙な行き違いが平和から危機の拡大へと悪循環を生むことになった。事態がその瞬間から荒っぽく進展し、もはや防ごうにも手がつけられなくなってくる。
 ドイツにおいてはヒットラーの抬頭に対抗するため、ブリューニング首相(カトリック中央党)がヴェルサイユ体制の条件を緩和するため、1932年英、米、仏と賠償や軍備問題をジュネーブで交渉していた。しかし、フランス首相タルディユーの逡巡、ドイツ国内でのシュライヒャー将軍の陰謀の成功によって、ブリューニングはむなしく成果を挙げずに帰国し、退陣に追いこまれる。このことはナチスが政権を奪取する最初の道をひらき、そののちの深刻な大戦へとつながっていった。
 以上のヨーロッパにおける英仏とナチスとの危機的な駆け引きについては、チャーチルの著わした「第二次大戦回顧録 第一巻」に生き生きと書いてある(同書96頁)。

 以下つづける。
 1932年の軍縮会議において、ドイツが再軍備に対する制限の撤廃を全面的要求したとき、英国では、今思うと不可解なことであるが、タイムズをはじめ新聞は大いにこれを支持したそうである。その論拠は国家間の不平等の修正というメディア的な大義であったようだ。

 大恐慌のおそれに気づいていたのは、わずかな財界人に限られていたが、しかし、彼らはその「予知していた事実の前におびえて沈黙を守っていた」という(同書第2章47頁)。
 「信用インフレという巨大な土台の上に築かれた幾百万のアメリカの家庭の繁栄は、1つの幻であったことが、今に急にはっきりした」(51頁)。
 「合衆国の国民を有頂天にさせた・・・あの明るい空想がその背後に幻滅と市場の狂乱しか持っていなかったと考えてはいけない(・・・・・・・・)(傍点小生)。・・・それの素晴しい実を粉砕し、台なしにしたもの・・・その大きな業績そのものを超えた金もうけ根性と無益な空想的商法であった」(52頁)。
 「人民大衆は自己否定の制度に投票することが求められた。大衆は英雄的な気持にとらえられた時いつもするように、これに応じた」(56頁)。大恐慌下の賃下げ、耐久生活についての英国民の対応のこと(拙注)。
 ドイツと同様に軍縮せよという英国政府の考えに対し、フランスが従わない態度について、「新聞論調と世論は決して現実の上に基確をおいていなかったが、反対の声が強かった」(105頁)。

  「この悲惨な時期におけるイギリス政府の不明とフランス政府の弱さは、その比を見出すことが困難であるが、しかも両政府とも、自国(・・)()議会(・・)()意見(・・)()反映(・・)して(・・)いた(・・)のである(傍点小生)」(114頁)。
 「私は諸新聞に発表される意見に頼らず、独自の意見を立て、これを堅持することが出来た。もちろん新聞は私の識別する目に幾多の事柄を提供してくれた」(121頁)。
 第五章「いなごの年」では、極東の危機―日本について―概括している(128-131頁)。ここではチャーチルとしての独自の考えは示されておらず、教科書で説明されてきた「日本は満州にかいらい国家をつくった」などとする考え方である。
 マクドナルド・ボールドウイン連立内閣(1931-1935年頃)の取った行動は、歴史の前に深く非難されるべきものであったと手厳しい評価をしている。いつの世にもありうることである。「挙国内閣の両首領は、調子のいい平凡な言葉に喜び、不愉快な現実から逃避し、国家の利害を無視して、ただ人気取りと選挙の成功を願い、ひらすら平和を愛して、愛がただ1つの平和の基礎であるという感傷的な信念を持ち、そして、明らかに現実の力を欠いていた」(132頁)。
 「内燃機関と飛行技術が発見されたために、軍備競争において、国家間の戦力均衡を急激に破ることの出来る新兵器が現れた」(7章163頁)。古い軍備が航空機、レーダーなどに取って替るようになり、連合国に抑えられていたドイツに相対的に有利に働いたのである(拙注)。
 「または政治家を脅かして政界から葬らんとするかに見えた熱狂的な平和欲求、これを想起せずして、政府の政策を判断するのは誤りである。もちろん、このことは自分の義務を果さない政治指導者の口実とはならない」(165頁)。
  「イギリスの政治では、冷たい発作の後にすぐ熱した発作が来る」(189頁)。
 ドイツの艦隊建設を許す結果になったことについて、「一番悪いことは、世界の裏側―中国および極東におけるイギリスの地位が受ける影響である。これは日本にとって何という思いがけない仕合せであったか!」(210頁)。
ウインストン・チャーチル著「第二次大戦回顧録(1)」1948年 毎日新聞翻訳委員会訳(毎日新聞社 昭和24年)
(2012.4.15記)