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イッセイエッセイ

711号 「偉大」について(歴史における)

2012年04月20日(金)

 歴史における「偉大」の観念は、体系的・学術的な意味での確かさは欠けているが、歴史書において無くてはならないものであり、またこの観念は相対的なものではあるが、これを使うことによって歴史的考察が深まる。ブルクハルト(1818-1897年)はこのように「世界史的考察」の中で述べている(「ちくま学芸文庫」358頁)。
 偉大な人物は魔力のような作用を及ぼす、余人をもって代えがたい、偉人の行為は普遍性をもってる、偉人の出現の機会は稀であるetc。
 偉人のタイプとしては、(1)発明家、発見者(コロンブス)(2)学術研究者(3)自然科学者(コペルニクス、ガリレイ、ケプラー)(4)哲学者(5)芸術家(ラファエロ、モーツァルト、ミケランジェロ)(6)神話の人物(7)宗教の創設者・改革者(ルター)そして(8)世界史的人物(歴史において世界を震撼させた偉大な者たち、アレクサンダー、カエサル、チンギスハン、ナポレオン)。
 世界歴史的な偉人(この場合は、政治家や将軍を念頭においている)の並外れているところは、「偉大な個人はどんな事情でも、細部においても全体においても、原因と結果に応じて事態を概観することができ、かつその本質に迫る。これは、この人の頭脳の避けがたい機能なのである」(上記書「ちくま学芸文庫」398頁)
 「偉大な個人は二つの主要な問題を完全に明確に直観的にとらえる」。(399頁)一つには事態の真の状況と行使しうる権力手段の現実の程度と可能性を知っている。二つには物事に介入する時機を前もって知っており、われわれはその事情を後になって知る。偉大な個人は一切を、それが利用しうる力であるかどうかという観点から観る(399頁)。
 フランシス・ベーコンの生涯は、17世紀の前半(1561-1626年)にかけての英王室ジェームス一世の時代であり、ブルクハルト(1818-1897年)よりも二百年以上前の人である。ベーコンの『随想集』には「王国と国家の真の偉大について」という重要なエッセイがあるが、その論調は偉大という言葉は用いても個人の偉大さからの視点ではなく、国家を偉大にする方法として兵士や武力の必要性を論じている。
 マキァヴェリ(1469-1527年)は、さらにそれから百年前の人である。彼は「ローマ史論」(巻2-10)の中で「戦さの原動力は黄金ではなく精兵である。」と述べ、自分は通説とは違う意見をもっているとしている。これはベーコンにも影響を与えた考え方だとみられる。しかしローマ史論においては古今東西の君主や大王や将軍の名が沢山でていて、偉人が描写されているが歴史における個人の偉大さという意識的な物の見方から来たものではない。
 むしろ世界史に偉人という一つのカテゴリーを登場させたのは、より近い時代のヘーゲル(1770-1831年)の「歴史哲学」であろう。
 ヘーゲルのいう「世界史的個人」、「史上の大人物」あるいは「英雄」とは、「彼自身の個人的目的が世界精神の意思である実体的なものを同様に含むような人々」であり、「実践人であり、政治家」、「時代の要求と時代の趨勢とについて洞察をもつ思想家」、「ものを見抜く人」、「先覚者」等であるとする。歴史的人物はいわゆる幸福な人ではなく、数奇を極めた外的な境遇の下での私生活だけが、幸福といえばそういえるものである。この恐るべき慰め―慰めが必要な人々には、このような慰めだけを歴史から引き出して来ることができる。―を望むことこそ、偉大な者を羨望し嫉妬する不自由な凡人のすることである、とヘーゲルは言う。(岩波文庫「歴史哲学  」97-98頁)
 ブルクハルトは、ヘーゲル流の歴史哲学のような立証できない体系性をもった観念的手法をとらないとするのであるが、しかし歴史哲学を「歴史のなかの薬味」としては捉えているのである。
 歴史におけるどのような方法論もすべて有効とはいえず、議論の余地があるものと考えている(同書14-17頁)。
 したがって歴史上の「偉人」のカテゴリーは、結局ヘーゲルの歴史哲学から由来するものではなかろうか。さらに遡ればプルタークの英雄伝や司馬遷の列伝に行きつくのかもしれない。

(2012.4.16記)